近年、私たちの日常生活に欠かせないモバイルバッテリーやスマートフォンなどに搭載されているリチウムイオン電池による発火事故が多発し、社会問題となっています。電車や航空機といった公共交通機関での発火から、自宅での火災に至るまで、その影響は甚大です。消費者庁はこうした状況を受け、注意喚起を促す特設サイトを公開するなど、その危険性への関心が高まっています。この問題は、単なる機器の故障に留まらず、使用者の安全を脅かす深刻なリスクを含んでいます。
発火事故の現状:データが示す危険性とモバイルバッテリーの突出
東京消防庁の統計によると、2023年にはリチウムイオン電池に関連する火災が167件発生しています。このうち、用途別で最も多かったのがモバイルバッテリーで44件。次いでスマートフォンが17件、電動アシスト自転車が14件、コードレス掃除機が13件と続き、特にモバイルバッテリーでの事故の突出が顕著です。機内での発火による火傷や、屋内での火災発生など、実際の被害も報告されており、その危険性は看過できません。
リチウムイオン電池搭載製品のモバイルバッテリー発火事故再現映像
なぜ起こる?リチウムイオン電池の「熱暴走」メカニズム
リチウムイオン電池は、「軽く、小さく、大容量」という利点から、携帯型充電式製品に広く採用されています。しかし、その内部は燃えやすい物質で構成されており、デリケートな性質を持っています。製品評価技術基盤機構(NITE)の担当者によると、正極と負極がセパレーターという膜で分離され、その間を電解液が満たす構造になっています。この電解液が「灯油と同程度に燃えやすく、熱に弱い」ことが、発火事故の主な原因です。
熱が加わると、内部で化学反応が促進され、可燃性のガスが発生します。この現象は「熱暴走」と呼ばれ、電池が膨張するケースも報告されています。発生した可燃性ガスが機器のひび割れなどから漏れ出すと、わずかな火花で発火する可能性があります。また、落下などの物理的な衝撃によって内部構造が破損し、正極と負極が接触してショート(短絡)すると、急激な発熱が電解液の化学反応を引き起こし、同様に熱暴走へとつながることもあります。
高温環境は厳禁!夏場に多発する事故傾向と正しい使用法
リチウムイオン電池は高温に非常に弱く、直射日光の下などでの保管・使用は特に危険です。NITEが2020年から2024年までに報告された搭載製品の事故1860件を月別に分析した結果、気温が上昇する6月、7月、8月に事故件数が著しく増加する傾向が確認されました。これは、高温が電池内部の化学反応を促進し、熱暴走のリスクを高めるためと考えられます。
これらの特性を理解し、適切な使用を心がけることが事故防止には不可欠です。純正品または互換性の確認された充電器を使用し、過充電や過放電を避けること。また、電池に膨張や異臭、異常な発熱などの兆候が見られた場合は、すぐに使用を中止し、自治体の指示に従って適切に処分することが重要です。
まとめ:安全なリチウムイオン電池利用のために
リチウムイオン電池は現代社会に不可欠な技術である一方で、その特性を理解せずに使用すると大きな危険を伴います。モバイルバッテリーをはじめとする様々な機器で発火事故が多発している現状を受け、消費者庁や東京消防庁、NITEなどの公的機関が注意喚起を行っています。
これらの事故の多くは、電池の「熱暴走」やショートが原因であり、特に高温環境下での使用や物理的な衝撃によってリスクが増大します。利用者一人ひとりが製品の特性を正しく理解し、推奨される使用方法や保管方法を遵守することが、自身の安全だけでなく、周囲の人々の安全を守る上でも極めて重要です。日頃から機器の状態に注意を払い、異常を感じたら直ちに使用を中止するなど、適切な行動を心がけましょう。
参考文献
- 東京消防庁「令和5年中のリチウムイオン電池からの火災」
- 製品評価技術基盤機構(NITE)「リチウムイオン電池の発火事故」
- 消費者庁「リチウムイオン電池製品の事故に注意!」