11月中旬までは「最高傑作の大河」だったのに…「べらぼう」で歴史ファンが一気に興ざめした残念なシーン5選


【画像をみる】わずか10カ月ほどで姿を消した写楽の傑作のひとつ。

■「べらぼう」からあえて選ぶ残念なシーン5つ

 近年のNHK大河ドラマのなかでも、とくに「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」は歴史ドラマとして質が高かった。少なくとも最終盤を迎えるまではそう思っていた。主人公の蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)が生きた時代の空気が感じられ、彼らの考え方や感じ方がていねいに再現されていたからである。

 歴史ドラマの制作は難しい。史料等でたしかめられることには限りがあるので、フィクションが不可欠だが、当該の時代ならありえたリアリティをともなわなければ、歴史を装ったドラマに留まってしまう。また、歴史ドラマだと思って観ている視聴者に誤解をあたえてしまう。

 たとえば、2023年放送の「どうする家康」では、徳川家康(松本潤)の正室の築山殿(有村架純)は戦(いくさ)の虚しさを家康たちに説き、隣国同士で不足物を補填し合い、武力ではなく慈愛の心で結ばれれば戦は防げる、と訴えた。しかも、その話に家康や重臣たちは納得してしまった。

 だが、戦国時代には、大名の領国の境界は常に敵の脅威にさらされ、戦わなければ敵の侵攻を許し、戦う意志を示さなければ、味方にも見限られてしまった。その状況で「慈悲の心で結ばれる」などという発想は、決して生まれない。築山殿の想念はあくまでも現代人のもので、そんな視点を持ち込んだ途端に、歴史ドラマは空想劇に堕してしまう。

 一方、「べらぼう」は18世紀後半の安永、天明、寛政という時代の空気が濃厚だったという点で、ケチをつけにくいのだが、あえて残念な5つの場面を選ぶこととする。史実と違う場面があったなら、どう違ったのか知っておいても損はないと思うからである。



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