2009年、バラク・オバマ氏が「核兵器のない世界」を掲げてアメリカ大統領に就任した際、日本政府が米国議会に非公式な意見書を提出していたことが明らかになりました。その内容は、米国の核抑止力がいかに不可欠であるかを詳細に訴えるものでした。これは、当時の国際社会が目指す理想と、日本の現実的な安全保障観との間に存在した複雑なギャップを浮き彫りにしています。本稿は、朝日新聞記者だった藤田直央氏による『極秘文書が明かす戦後日本外交 歴代首相の政治決断に迫る』(朝日新聞出版)からの抜粋に基づき、この重要な外交の一幕を深掘りします。
核抑止力について議論するイメージ写真
2009年2月25日、米国議会でのヒアリングに配布された極秘メモ
オバマ大統領の就任から10年後、筆者(藤田直央氏)は日本政府が米国に対し、核兵器の必要性を詳細に訴えた4枚の極秘メモを入手しました。このメモは、2009年2月25日に米国議会のヒアリングで、当時の駐米公使が配布したものです。以下に、日本側が説明した3枚目までの英文活字部分を筆者訳で紹介します。
メモの概要:日本の拡大抑止への強い依存
メモの「概要」部分では、日本の安全保障政策における米国の「拡大抑止」の継続的な必要性が強調されています。
- 日本は、米国の拡大抑止を必要とし続けると明記されています。
- 2月17日の日米外相会談では、中曽根外相が米国に対し、核抑止を含む日本の防衛約束の再確認を求め、クリントン国務長官がこれに応じました。
- 2月24日のワシントンでの麻生首相とオバマ大統領の会談では、オバマ大統領が日本の防衛と拡大抑止へのコミットメントを再確認し、核抑止を日米安全保障体制の中核であると述べたことも記されています。
さらに、米国の抑止力は「柔軟で、信頼でき、即応でき、選別能力があり、隠密だが存在感を示し、他国に核能力の拡大または近代化を思いとどまらせるのに十分であるべきだ」と、その要件が詳細に記述されています。
以前の会合におけるコメント:核なき世界と現実の乖離
メモの「以前の10月の会合でのコメント」では、日本のより具体的な見解が示されています。
- 日本は「核兵器なき世界」という最終目標を支持する一方で、現在の日本の安全保障環境を鑑みれば、米国による核抑止を含む抑止力が必要であると訴えています。これは中曽根外相がクリントン国務長官に確認した内容でもあります。
- 日本は、信頼できる限り米国の拡大抑止に依存する姿勢を強調しています。
- 抑止は日米が協力して築き上げるものであり、日本も弾道ミサイル防衛、通常戦争、情報・監視・偵察、さらには非軍事活動(外交を通じて他国にコストを負わせることで核開発を思いとどまらせる)といった面で抑止の信頼性向上に貢献していると述べられています。
結論:理想と現実の間で揺れる日本の安全保障
この極秘メモは、2009年当時の日本が、オバマ大統領が提唱する「核なき世界」という理想を支持しつつも、現実的な安全保障環境の中で、米国の核抑止力、特に「拡大抑止」が自国の防衛にとって不可欠であるという強い認識を持っていたことを明確に示しています。日本の外交が、理想と現実のバランスをいかに図ろうとしていたか、その複雑な内情を窺い知ることができる貴重な資料と言えるでしょう。この文書は、今日の日米同盟と日本の安全保障政策を理解する上でも、極めて重要な示唆を与えています。





