韓国で2大ネット書店のブックオブザイヤーを受賞し、多くの女性たちの共感を呼んでいるエッセイ『老後ひとり、暮らしています。』。その著者であるイ・オクソン氏(76歳)は、作家キム・ハナ氏の母であり、長年専業主婦として生きてきました。2年前に夫を亡くし、2人の子どもも巣立った今は「おひとりさま」として暮らしています。しかし、その老後は寂しさとは無縁。むしろ「ひとりがこんなに気楽で楽しいなんて」と、毎日を謳歌し、自分のペースで好きなように暮らし、新しい学びにも意欲的な前向きな人生を送っています。本書の中でも特に示唆に富む「すべては過ぎゆく」の章から、人間関係の真髄についてご紹介します。
韓国人作家キム・ハナさん(左)と、その母のイ・オクソンさん
老後のおひとりさま生活:新たな自由と発見
イ・オクソン氏は、夫の死と子どもの独立を経て「おひとりさま」となった後、その生活を「気楽で楽しい」と表現しています。自分の時間を自由に使い、新しい趣味や学びにも積極的な姿勢は、多くのシニア世代に勇気を与えています。これまで家族のために費やしてきた時間を、今度は自分自身のために使うことで、人生の新たなステージを豊かに生きる姿は、現代社会における「老後」のあり方に一石を投じるものです。
移ろいゆく人間関係の現実
イ・オクソン氏は、これまで築いてきた人間関係は決して永遠ではないと語ります。かつては同じ村で生まれ育ち、長く交流が続くこともありましたが、現代では結婚や就職、引っ越しなどで人々が離れ離れになり、消息すら聞けなくなることが少なくありません。
若い頃の近所付き合いや職場の同僚、子どもの学校の保護者との関係も、その時々で親密になります。しかし、子どもが成長して進学したり、仕事を辞めたりと環境が変われば、それらの関係は自然と薄れていくものです。
特に印象的なのは、「あまり深入りしすぎると関係は続かない」という洞察です。どれほど気が合う相手でも、必要以上に踏み込みすぎると、かえって関係が長続きしないケースもあると指摘しています。月日が流れると、かつて親しかった人の名前や顔もはっきりと思い出せなくなることもあり、人間関係の儚さを痛感するといいます。
「こだわりすぎない」関係性の築き方
こうした経験から、イ・オクソン氏は人間関係に「こだわりすぎない方がいい」と助言します。もし関係を維持したいのであれば、親睦会や互助組織を作ることを推奨しています。韓国では「契(ケ)」と呼ばれる民間相互扶助組織が盛んですが、これは人々が様々な関係性において繋がりを保とうとする知恵であると述べています。
具体例として、1960年代初頭に夫が大学で所属していた文学サークルの話が挙げられています。当時は先輩と後輩が活動を通じて親交を深めていましたが、社会人になり仕事に追われる中で、少しずつ関係が薄れていったといいます。これは、どんなに深い絆も、環境の変化や時間の経過によって形を変えていくことの証左とも言えるでしょう。
イ・オクソン氏の言葉は、人間関係が常に変化し、移ろいゆくものであるという現実を受け入れ、執着しすぎずに軽やかに生きる姿勢の重要性を教えてくれます。
イ・オクソン氏のエッセイは、老後の「おひとりさま」という生き方が、決して寂しいものではなく、むしろ新たな自己発見と自由を享受できる豊かな時間であることを示唆しています。人間関係の移ろいを自然なこととして受け入れ、執着せず、しかし積極的に新たな繋がりを求める姿勢は、現代社会を生きる私たちにとっても示唆に富んでいます。変化を恐れず、自分らしく人生を謳歌する彼女のメッセージは、多くの読者に勇気を与えてくれるでしょう。




