大手広告会社・電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が長時間労働を苦に自ら命を絶ってから、今年12月25日で10年を迎えます。長時間労働は依然として日本社会の大きな問題として認識されていますが、近年、高市早苗首相が厚生労働省に対し「労働時間規制の緩和検討」を指示したことで、これまで進められてきた働き方改革の流れが転換点を迎えようとしています。この動きは、過労死防止への取り組みに大きな波紋を広げています。
高橋まつりさんの死と母親・幸美さんの活動
東京大学に合格した際、高橋まつりさんはテレビのインタビューで「週刊誌の記者になりたい。週刊朝日で働きたい」と夢を語っていました。実際に週刊朝日編集部でのアルバイト経験も持つ彼女の死は、当時の関係者に大きな衝撃を与えました。
まつりさんの死後、母親の幸美さん(61歳)は、過労死等防止対策推進シンポジウムなどで精力的に講演活動を続けています。幸美さんは「少しでも過労死がなくなってくれたらと願うばかりです」と切実な思いを語り、その思いを社会に伝え続けています。
高橋まつりさん(左)と母・幸美さん
高市首相の発言と労働時間規制緩和への動き
幸美さんが特に懸念しているのは、高市首相が10月の自民党総裁選で勝利した際の演説での発言です。「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働いてまいります」というこの発言は、今年の「新語・流行語大賞」にも選ばれるほど世間に広まりました。
さらに高市首相は、自身の「働く」姿勢を示すだけでなく、首相就任後には厚生労働省に対し、労働時間規制の緩和検討を指示しました。これまで厚生労働省は、まつりさんの過労死を教訓に、過労死防止対策を進め、ワーク・ライフ・バランスの推進を図ってきましたが、この方針が大きく変わる可能性が出てきたのです。
増加する過労死と幸美さんの危惧
高市首相の発言以降、幸美さんの講演では、多くの聴衆からその発言についての感想を求められると言います。幸美さんは「日本では過労死を減らそうとしてきましたが、統計を見ればわかるように、過労死は現実に増えています。高市首相の頭には、過労死が増加しているという認識があったのでしょうか」と疑問を投げかけ、「天国のまつりに『過労死がなくなった』と報告したいのに、後退しているような気がしてなりません」と、その心情を吐露しています。
実際に過労死に関連する統計を見ると、まつりさんが亡くなった2015年度には、自殺を含む精神障害に関する労災の請求件数は1515件でしたが、2024年度には3780件と2.5倍に増加しています。このような状況下での規制緩和の動きは、過労死問題の深刻さを一層浮き彫りにしています。
幸美さんが厚生労働省の「過労死防止対策推進協議会」に出席した際に、高市首相の発言について問い合わせたところ、厚生労働省側からは「労働規制を緩和、そういう指示が来ています。ただそれだけです」という回答があったとのことです。
結論
高橋まつりさんの悲劇から10年が経ち、日本は「働き方」のあり方について再び大きな岐路に立たされています。過労死が依然として増加傾向にある中で、労働時間規制の緩和検討という動きは、社会全体の過労死問題への意識と、政府の政策の方向性の重要性を改めて浮き彫りにしています。国民の健康と持続可能な企業活動のバランスをいかに図っていくか、今後の議論が注視されます。





