強いストレスに晒されると、私たちは暴飲暴食に走ったり、深い鬱状態に陥ったりすることがあります。しかし、なぜこのような反応が起こるのでしょうか？驚くべきことに、このメカニズムは人類が誕生するはるか昔、約6億年前、私たちの祖先で最初に脳を持ったとされる左右相称動物（現在の線虫のような生物）の時代にはすでに形成されていたと言われています。AI起業家から脳研究へと転身したマックス・ベネット氏は、その著書『知性の未来:脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか』の中で、この「ストレス反応」の根源的な仕組みを詳細に解説しています。
「私たちは脳によって痛めつけられている」：現代社会における「絶望死」の増加
現代社会において、人類はかつてないほどストレス関連の疾患に苦しんでいます。世界では毎年、凶悪犯罪や戦争による死者よりも自殺で命を落とす人の方が多く、その数は約80万人に上ります。さらに、年間1500万人以上が自殺を試みているとされます。また、世界中で3億人以上が鬱病に苦しみ、生きがいや人生の喜びを感じる力を奪われており、2億5000万人以上の人々が特定の理由がないにもかかわらず世界を恐れる不安障害に悩まされています。米国疾病対策センター（CDC）は、こうした状況を「絶望死」という言葉で表現し、その割合が過去20年間で2倍以上に増加していることを指摘しています。
これらの人々は、ライオンに襲われたり、飢え死にしたり、凍死したりしたわけではありません。彼らが命を絶ったり、危険を承知で薬物に手を染めたり、肥満になるまで暴飲暴食をしたりする行動は、すべて「脳が彼らを痛めつけているために」生み出されたものです。
ストレスと脳の関連性を考察するイメージ
進化のパラドックス：なぜ脳は自己破壊的な行動を生み出すのか
動物の行動、脳、そして知性そのものを理解しようとする試みは、「進化がこれほど破滅的で、一見するとばかげた欠陥を持つ脳を作り出したのはなぜか」という謎を解明することなしには不完全なものとなります。脳が存在する目的は、進化の適応がすべてそうであるように、「生存の確率を上げる」ためであるはずです。それにもかかわらず、なぜ脳は自殺や薬物乱用、過度な暴飲暴食といった、明らかに自己破壊的な行動を生み出すのでしょうか。これは、脳の進化における大きなパラドックスであり、現代の私たちの苦悩の根源を理解する上で重要な問いかけとなります。
結び
ストレスに対する私たちの反応が、6億年前の原始的な脳にその起源を持つという事実は、進化の深遠さと、それが現代人の心身に与える影響の大きさを浮き彫りにします。マックス・ベネット氏の洞察は、脳の持つ「自己破壊的な側面」という進化の謎に光を当て、人類が直面するストレス関連疾患への新たな理解を促しています。この根源的な仕組みを解き明かすことは、現代社会における「絶望死」といった深刻な問題への対策を考える上でも不可欠となるでしょう。
