世界と比較しても、日本の実質賃金は異常な減少傾向にあります。消費増税で消費が落ち込んでいますが、その前からの賃金低下でモノが買えない状況です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2019年12月11日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
増えるわけがない消費。なぜ日本企業の人件費は削られ続けるのか
消費増税後に消費が低迷
消費税引き上げ後の消費が大きく落ち込んでいます。
そこには、単なる駆け込みの反落では片づけられない「構造的な弱さ」を感じます。それは、日本の消費者の所得が着実に減少していることです。
年金の実質減額だけでなく、実は勤労者の賃金も異例の減少を続けています。
世界で異例の賃金減少
財務省の「法人企業統計」によると、企業が実際に支払った人件費が、今年4-6月以降、前年比でマイナスになっていることはすでに当メルマガで紹介しました。
消費税引き上げ前から、日本の消費が弱いことは広く認識されています。それを裏付けるようなデータがいくつもあります。
中でも衝撃的なのが、OECD(経済協力開発機構)の賃金比較データです。OECDは、加盟国の時間当たり賃金を1997年と2018年と比較しています。
この21年間で時間当たり賃金が最も増えたのが、韓国で167%増です。次いで、英国が93%増、米国が82%増と続くのですが、その中で唯一、この間の時間給が減っているのが日本で、この間8%減となっています。
各国でインフレの状況が異なるので、実質賃金で比較してみると、それでも結果は変わらず、日本の実質賃金が異常に減少傾向にあるのが目立ちます。
97年を100として直近の実質賃金を見てみると、スウェーデンが140、フランスと英国が130弱、米国とドイツが120弱と、いずれも増加していますが、日本は90にも届かず、この間に10%以上減少しています。
厚生労働省によると、日本では昨年、年金世帯が全体の52%を占めるようになりました。
年金支給額は平均で年間260万円程度と言われますが、これには「マクロ経済スライド」が適用され、将来的に実質減額方向にあります。
全世帯の半分以上の世帯で、実質所得が右肩下がりとなるわけですが、残りの勤労者世帯でも、時間給、実質賃金ともに、この20年で減少傾向にあることが分かりました。
家計消費がシェアダウン
これでは、消費が増えないのも仕方ありません。
今年7-9月期の実質家計消費額(実際の支出を伴わない帰属家賃を除く)は年率240.3兆円ですが、97年の7-9月期の家計消費が234.7兆円ですから、この間ほとんど増えていないことになります。
この間GDP(国内総生産)は増えているので、GDPに占める家計消費の割合は、97年当時の47.1%から、足元は44.4%に低下しています。
アベノミクスでは雇用賃金が増えたと安倍総理は豪語していますが、この間も賃金は増えず、消費のシェアダウンはむしろこの間に大きく進みました。
因みに、安倍政権が誕生した2012年10-12月期のGDPに対する家計消費の割合は47.3%あり、97年と変わりません。
消費がシェアダウンしたのは、安倍政権の7年間で顕著に進んだことになります。
円高の賃金抑制と政府支援
日本の賃金が世界でも異例の減少を見た背景にはいくつかの要因がありますが、中でも大きかったのが80年代、90年代に急速に進んだ円高の影響です。
1985年の「プラザ合意」を機に、ドル円は1ドル240円から一気に120円まで円高になりました。これも90年には一旦160円近くにまで戻したのですが、95年4月19日には80円割れとなりました。いずれも短期間にドルの価値が半分になりました。
国際競争にさらされる企業にしてみれば、輸出品は同じものを輸出しても受け取りが半分になり、輸入品と競合する企業は、海外の競合品が半値になるわけで、これに対抗するためにはコストの大幅カットが必要になります。
最大のコストが人件費なので、人件費を海外と競争できるレベルまで落とす必要がありました。
もっとも、日本ではいきなり賃金を半分にすることはできないので、あらゆる合理化努力を進め、多くの企業が国内生産から海外生産にシフトする中で、国内の人員カット、人件費カットを進めました。
円高恐怖症が浸透?
関西の家電メーカーからは日銀に対して「日銀は我々を殺す気か」と厳しい批判が浴びせられ、企業のみならず、日銀にも円高恐怖症が浸透しました。
政府、日銀は何とか円高を是正しようと、為替介入や金融緩和で対応しましたが、民主党政権時も1ドル70円台の円高がはびこりました。
こうした円高の歴史の中で、国際競争力を維持するための企業努力、賃金抑制が企業の「体質化」していきました。
安倍政権になって異次元緩和から円高が大幅に是正されたのですが、企業の円高恐怖症は変わらず、その後も人件費の抑制は続いています。
そして安倍政権自体、企業の事情を考え、政治サイドからも人件費抑制につながる政策をいくつも打ち出しました。
派遣法の整備などで非正規雇用を促進し、彼らが雇用の4割近くを占めるようになり、非正規雇用については企業が社会保険料負担を免除される道を作りました。
さらに働き方改革も、人件費抑制に寄与しています。これが施行された今年4月以降、人件費はマイナスになっています。
賃上げ期待消滅のインパクト
消費の源泉は所得にあり、それが増えなければ消費も増えないのですが、プラス・アルファの影響があります。
それは借り入れへの影響です。1970年代、80年代には、良い悪いは別にして、無理をしてでも借金をして車や家を買いました。
その時は所得に対して返済負担が大きいとしても、給料が年々増えるので、返済負担は直に軽くなると信じていたからです。
実際、ベースアップのほかに、毎年のように定期昇給もあったので、かなりの確率で所得の増加を前提に、借り入れをすることができました。
しかし、今日では賃金が増える期待はほとんどなく、むしろいつ職を失うかわからない状況です。
そこで借金をすれば、負担が重くなるか、返済不履行に追い込まれかねません。
このため、いくら金利が安くても、借金してモノや家を買うのは大きなリスクを伴います。
国内投資に冷水、企業貯蓄へ
企業にしても、国内市場は人口減少が確実に進み、国内市場は右肩下がりと予想すれば、国内の設備投資には慎重にならざるを得ません。
そもそも、企業の人件費抑制が前述のように国内消費を抑圧し、これも国内市場の縮小要因になっています。
生産も輸出で稼げなければ、増産の余地は少なくなります。従って、投資も海外が多くなる半面、国内投資は抑制されます。
結局、人件費の抑制で利益を上げても、それを投資に回さず、企業が「内部留保」という貯蓄に貯めこんだ分、景気が抑制され、低成長、低生産性、競争力の低下、賃金抑制という悪循環を引き起こしています。
これを断ち切らなければなりません。
つまり、企業が内部留保に貯めこまずに、利益をボーナスなどで労働者に還元するか、設備投資、研究開発投資に回して技術力、生産性を高めることです。
一部には内部留保課税の声もありますが、産業界に支えられる政権としては「北風政策」もできず、今回、内部留保を積極的に投資などに回す企業に、税制で優遇しようという「太陽政策」を打ち出す模様です。
しかし、人件費カットをやりすぎて国内消費が縮小し、企業投資を冷え込ませてしまえば、何のための人件費抑制かわかりません。
ニワトリに餌をやらなければ、卵を産まずに死んでしまいます。
Source:https://www.mag2.com/p/money/874474