古関裕而(ゆうじ)ブーム到来の兆し。今年の春のNHK朝ドラが古関裕而を描く「エール」に決定した。こちら古関の地元福島である。ならば今から心の準備をしなくてはならないと思っていたところで本書と出会った。古関には学生の頃によくテレビで見ていた「オールスター家族対抗歌合戦」での、にこやかな審査委員長の印象がある。あとがきにてそれが語られていて親しみを感じた。刑部氏は同じ年代かと思ったが1つ下の世代だった。
著者は中学生ぐらいからずっと古関メロディーを聴いて育ってきた。その愛情が丹念につづられているのが全体から感じられる。その人生を追う目と筆がしなやかで若々しい。加えて歴史研究家としての冷静で繊細な視点がある。本の刊行へと話があまりにもスムーズに進んでいくので、天国からの優しい笑顔と声を感じたと書いている。「そんなに僕のことが好きなら、あなた書きなさいよ」「良い面も悪い面も客観的に書いてください」
古賀政男は初めから歌謡曲作りの素養が光っていたので「進歩しない天才」。それと比べてクラシック音楽への作曲の切なる憧れから流行歌謡界へと入り、学びながら生きてきた古関を「努力する天才」と語る。昭和の激動の時を作曲への一心で駆け抜けたさまざまな姿がある。
作詞家の野村俊夫、丘灯至夫、歌手の伊藤久男らとの出会い。早稲田大学応援歌「紺碧(こんぺき)の空」は伊藤の兄からの依頼。皆、福島出身であり、音楽界に貢献。慶応の歌「我ぞ覇者」も古関作。巨人と阪神の歌も。これぞ「ライバル対抗歌合戦」。雄々しい応援歌の数々の原風景は、故郷の風土と青空の広がりにあったと読み終えて感じた。準備は万全だ。(刑部芳則著/中公新書・880円+税)
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