※この記事は、月刊「正論3月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。
ひきこもる中高年(50代)の子供を、高齢の親(80代)が支える「8050問題」は、1年前には一般に、ほとんど知られていなかった。私自身がひきこもりの兄弟姉妹の立場で、当事者として問題にスポットを当てたいとの思いがあり、昨年の月刊正論7月号から、この連載を始めた。すると発売時期に偶然、川崎市のひきこもり傾向にあった男(当時51)の無差別児童殺傷事件と、元農水次官(76)によるひきこもりの長男(当時44)の殺害事件が連続して発生。よくも悪くも「8050問題」が一気に、クローズアップされるようになった。
この問題と事件を安易に結びつけることは、ひきこもりへの偏見につながるので、避けたい。ただ私には、特に元農水次官の事件はひとごとに思えなかった。被害者である長男と自分の年齢が近く、また両親の教育熱心さや、子供がひきこもってしまった点が共通するからだ。連載の締めくくりに事件を裁判資料などから振り返り、再考したい。
■実刑判決も異例の保釈
元農水次官、熊沢英昭被告の事件は、官僚組織のトップまで務めた人間が、息子を手にかけたという異例さも手伝い、発生当初から注目を集めた。
事件をおさらいすると、熊沢被告は昨年6月1日、自宅で長男、英一郎さんの首な
どを包丁で多数回突き刺し、失血死させた。12月16日、東京地裁の裁判員裁判の判決公判で、中山大行裁判長は「強固な殺意に基づく危険な犯行」として熊沢被告に懲役6年(求刑懲役8年)の実刑判決を言い渡した。争点は量刑で、弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。
それというのも熊沢被告は、大学進学と同時に1人暮らしを始めた長男の住まいに、月1回程度通い、主治医に状況を伝えて処方薬を届け、ゴミ出しの世話をするなど、長年、献身的に世話をしていた。裁判員はこうした生活状況を考慮。判決も、熊沢被告について「適度な距離感を保ちつつ、安定した関係を築く努力をした」と判断したが、30を超える遺体の傷の多さや、傷の深さから、殺意の強さを認定した。