新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言の発令で、外出自粛による接触機会の8割削減が求められるなか、「テレワーク」や「リモートワーク」という在宅勤務が急速に市民権を得つつある。現在は感染防止のための緊急避難の性格が色濃いが、本来はITの進化によって可能になった多様な働き方を通じ、ワーク・ライフ・バランスの実現や生産性の向上につながると期待されている。筆者はITジャーナリストとして約30年にわたり取材に取り組み、新技術やデバイス(機器)の登場に伴う働き方の変遷を目撃してきた。この連載ではその経験や最新の取材を基に、一過性に終わらない真の改革を実現するITサービスやツール、環境づくりなどのポイントを解説する。
初回は、円滑なテレワークの導入に不可欠な「三種の神器」を紹介する。
1.テレワークとは
テレワークはテレホンやテレビに使われる英語の接頭辞「tele(離れた、遠い)」と、「work(働く)」を組み合わせた造語だ。日本テレワーク協会は「情報通信技術(ICT)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」と定義。働く場所によって自宅利用型(在宅勤務)、顧客先や移動中などのモバイルワーク、サテライトオフィスなど施設利用型の3つに分かれるとしている。
総務省の平成29年通信利用動向調査によると、日本企業の導入率は13・9%と低調だったが、最近はテレビでもパソコン画面上で会議する風景が取り上げられ、番組にもタレントが自宅から出演するなど目新しさはなくなってきている。パーソル総合研究所の調査によると緊急事態宣言後に、現在の会社でテレワークを初めて実施した人が68.7%に上った。最新のノートパソコンはカメラ・マイク付きが標準なので、あとは自宅にインターネット回線をつなぐか、スマホ経由で接続する「テザリング」を活用すれば始めるのも簡単なイメージだ。
ただ、オフィスから大きくIT環境が劣れば、業務の効率が低下する恐れもある。企業がテレワークを本格運用するには、(1)モバイルデバイス(2)クラウドサービス(3)ビジネスチャット━という三種の神器を最低限そろえたい。
2.パソコンやネットの”先”を考える
まず、モバイルデバイスとは、テレワークで真っ先に思い浮かぶノートパソコンやネット接続のこと。オフィスでは当たり前の機器・設備だが、自宅などでは注意が必要になる。
大きな課題がセキュリティー対策だ。業務用のパソコンを持ち出すと情報漏洩などのリスクが高まる。「Zoom」というビデオ会議システムの利用について米連邦捜査局(FBI)が警告しているように、使用する環境によって、情報漏洩(ろうえい)のリスクもある。また、個人で利用するSNSは相対的にセキュリティーが緩く、仕事で使ってしまうとシャドーITと呼ばれる企業の管理下にはないリスクのある利用にもつながる。そのため、テレワークの導入には、企業としてやり取りする情報を守るセキュリティー対策も急務となっている。家庭では、私用USBなどの利用もリスクを広げるので気を付けたい。
企業全体でみればデータを個人で利用するパソコンに残すのではなく、サーバー上に仮想のデスクトップ環境を構築し、その仮想環境をネットワーク経由で利用する「シンクライアント」の導入などの対策が考えられる。
また、見積書や企画書は自宅で作成しても、稟議(りんぎ)や決済などは押印が必要となるケースも多い。そこで、電子印鑑や認証などのワークフローシステムの導入も求められている。
あるいは、社内で完結していた業務システムをクラウドへと移行、連携させることで自宅にいながらオフィスと同様の業務を可能にする取り組みもある。自社で構築するには投資負担が大きいが、最近はクラウドサービスを提供している会社も多いので追って紹介したい。
ここまでは事務作業を中心としたツールやサービスだが、社内外とのコミュニケーションはビジネスチャットが便利だ。会議や打ち合わせなどは仕事の大きな部分を占め、気付かないうちにビジネス機会を生み出している。テレワークはメールでの報告や連絡はできても、日々のコミュニケーションを失う恐れが指摘される。
英語で雑談を意味するチャットをビジネスに使うサービスは近年、急速に普及しており、テレワークでも情報共有などチームの一体感を保つ有効なツールになっている。
しかし、先に触れたようにテレワークの急速な拡大に伴って、テレビ会議システム「Zoom」はセキュリティーの脆弱(ぜいじゃく)性が指摘されるなど新たな課題も浮上している。次回からは現状を踏まえ、三種の神器の活用法や注意点を解説していきたい。
1961年、東京生まれ。パソコン販売、ソフト開発などを経て、1989年からITライターとして独立し、「できるWord」シリーズなど著書多数。