記録的豪雨で甚大な被害を受けた熊本県。これまで地域のために尽力したまとめ役2人も亡くなり、知人や住民らは心を痛めている。(宇山友明、前原彩希、入沢亮輔)
八代市の坂中さん
熊本県八代市坂本町の坂中貞雄さん(93)は迫り来る濁流から逃れられず、命を落とした。助けられなかった知人らは人柄をしのび、悔やむ。
「起きろ」-。だれとも分からない叫びが地区内に響いたのは4日午前4時すぎ。球磨(くま)川はすでに氾濫していた。住民らの多くは避難を急いだが、高齢の1人暮らしで耳が遠かったという坂中さんは逃げ遅れたとみられる。
一帯で水が引き始めた翌日、住民らは安否が分からない坂中さんの捜索を始めた。ほどなく散乱した自宅内から家具の間に挟まっていた坂中さんが見つかったが、息はもうなかった。
「温厚で、面倒見の良い性格だった」と隣人の最所(さいしょ)邦夫さん(68)。約7年前、最所さんが大阪府内から妻と長女とともに引っ越してきた際、早くなじめるように、と敬老の日に有志だけで開催される行事に誘ってくれたのが、坂中さんだった。それ以降、地区に溶け込めたという最所さんは「厚意にしてもらったことが忘れられない。あのとき、なぜ助けられなかったのか」とうつむいた。
互いの家が近く、付き合いが深かった家電販売店主の犬童(いぬどう)俊二さん(59)も悼む。テレビ好きだった坂中さん。自宅には犬童さんの店で購入した3台のテレビがあり、プロ野球中継を見るのが「なによりも楽しい」と話していたという。
ふらっと店に立ち寄るそんな姿はもう見られない。「あの日常がなくなる。そう思うだけで寂しさが込み上げてくる」
人吉市の西さん
熊本県人吉市下林町で犠牲になった西隆男さん(84)は柔道有段者で、県柔道協会の副会長を務めた。まじめな性格で町内会長も任されるなど、周囲からは頼りにされていたという。
親交が深かった知人の花木真也さん(43)によると、西さんは元自治体職員。退職後は魚釣りをしたり、自宅隣の畑でトマトやダイコンなど旬ごとの野菜を育てたりと、趣味に没頭しつつ、穏やかな日々を送っていた。野菜を収穫すると、周りの人にも譲っていたという。数年前に妻に先立たれてからは1人暮らしだった。
体格に恵まれ、まさに柔道に一直線の人。言葉数こそ少なかったが、面倒見がよかった-。花木さんの脳裏には、そんな西さんの姿が次々と浮かんでくる。「お酒のたしなみ方も教えてくれたし、いろいろと学ばせてもらった人生の先輩だった」
ともに過ごした時間に改めて思いを寄せつつ、「亡くなったと連絡を受けたときは、嘘だと思った。ずっとお世話になっていたので、感謝の気持ちしかない。『ありがとうございました』とお礼を言いたい」と話した。