人気漫画「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」ブームが、言論の府・国会にも――。菅義偉首相が衆院予算委員会で、野党を相手に「私も『全集中の呼吸』で答弁させていただく」と、主人公らが放つ決めゼリフで気合を入れれば、野党議員は登場人物の「名言」で首相を戒める。与野党議員から引用が続くのは、漫画人気に便乗するのは、自己アピールのためだけではなさそうだ。
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今秋の臨時国会で、最初に「鬼滅」のセリフを用いたのは首相だった。衆院予算委員会の質疑初日となった2日、自身とゆかりの深い立憲民主党の江田憲司氏が「首相の初めての選挙を手伝った。私が政界に身を置くきっかけを作ったのも首相だ。今は政敵で立場を異にするが感慨深い」と質問を切り出すと、首相は「江田さんですから、私も全集中の呼吸で答弁させていただきます」と発言した。
全集中の呼吸とは、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)らが、敵方の鬼を倒すために剣技を繰り出す際に行う呼吸方法で、自らの力を最大限に引き出す効果がある。首相の発言は、日本学術会議問題などへの追及に対し、気を引き締めて答えようという意思表示だったとみられる。
◇首相は漫画を読んだのか
首相は「鬼滅」を読んでいたのか。加藤勝信官房長官は質疑後の記者会見で「『全集中の呼吸』は、鬼滅の刃で使われている呼吸法の一つと承知するが、首相が読まれたかは承知していない。予算委に総理として真剣に取り組んでいきたいという思いだ」と語った。
首相周辺は、首相の民間ブレーンが「こういうのを話せばどうか」と助言し、首相自身が答弁に盛り込むことを決めたと明かす。「首相は恐らく読んでいないだろうが、話題になっているのは知っている。(登場する)あるキャラクターに似ている、と言われていることも自覚している」と語る。
4日の予算委では、野党から引用が相次ぐ。国民民主党の玉木雄一郎代表は、新型コロナウイルス対策の徹底を訴え、質問の最後に「今が瀬戸際という意識を持って全力で。それこそ『全集中の呼吸』で取り組んでほしい」と激励した。
◇「私の言うことは絶対」 野党が首相をなぞらえたのは
立憲の辻元清美氏は学術会議問題を巡り、首相が従来の法解釈を変更して、新会員候補を任命拒否したと批判。質問の締めくくりに、主人公炭治郎の敵で、鬼の元締である鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)のセリフを引いて「『私の言うことは絶対である。私が正しいと言ったことが正しいのだ』。こうならないように注意していただきたい」と首相を戒めた。
鬼舞辻無惨は、目的達成のためには手段を選ばない。インターネット上では、首相の考え方や発言が、無惨に重なるとの指摘がある。辻元氏は質疑後、「(2日の予算委で)菅さんが何か言ったと思って調べた。いろいろなセリフがあったけれど、そこから(無惨の言葉を)選んだ。『人事の刃を振り回したらいけない』と言おうかとも考えたけれど……」と漏らした。
流行の言葉を繰り出し、世論にアピールするのは政治家の常だ。だが今回は、様相が若干異なるようだ。鬼滅は、炭治郎の成長物語であると同時に、家族愛や友情を描いており、人生訓や説諭、心を奮い立たせるセリフが目立つ。野党関係者は「鬼滅のセリフは、警句や批判として使いやすいところがある」と語る。【小山由宇】