アングル:米中西部にコロナ感染の大波 医療現場は崩壊の危機


アングル:米中西部にコロナ感染の大波 医療現場は崩壊の危機

30歳の患者は脈拍数などのバイタルサインが急激に悪化していたが、地方都市レーキンのカーニー郡病院にはこの患者に対処する設備が整っていなかった。病院の最高医療責任者(CMO)で郡の医療部門のトップを兼任するミラー医師は、大きな病院に電話を掛けまくって集中治療室(ICU)の空きベッドを探したものの、1つも見つからなかった。

翌日ベッドの空きが見つかるまで患者は危篤状態が続き、ミラー医師らが45分間にわたって心臓マッサージを続ける局面もあった。

患者はなんとか脈拍を取り戻し、25マイル(約40キロ)離れた大きな病院へと救急車で運ばれた。ミラー医師は「彼が助かったのは、まったくの奇跡だ」と振り返った。

<小さな町も餌食に>

春に米国の大都市を襲った新型コロナ感染は、今では地方や小さな町を飲み込み、全国にくまなく浸透したようだ。ロイターが中西部の医療関係者や公共衛生部門の当局者など十数人に取材したところ、多くの病院はベッドや機器が足りず、特に専門家や看護師など医療スタッフの不足が深刻な問題となっていることが分かった。

米国では新型コロナの感染者数と入院患者数が全国で急増中だ。オハイオ州からノースダコタ州、サウスダコタ州を結ぶ中西部域の10州は特に感染が激しくなっている。感染状況を分析するCOVIDトラッキング・プロジェクトによると、中西部は感染率が国内の他の地域よりも2倍以上高く、感染者数は6月半ばから11月半ばにかけて20倍強も増加した。

同プロジェクトによると、ノースダコタ州は11月19日までの1週間に住民100万人当たりの1日の新規感染者数が平均1769人だった。サウスダコタ州は1500人近く、ウィスコンシン州とネブラスカ州は1200人前後、カンザス州は1000人近くだ。

一方、ニューヨーク州は、多くの店舗が閉鎖され住民の間でパニックが広がった感染最悪期の4月時点ですら同500人にとどまり、カリフォルニア州は過去最高が253人となっている。

中西部の複数の病院幹部によると、既に病院は収容能力が限界か限界近くに達している。ほとんどの病院は収容能力を拡大するため、通常は他の目的で使われている病棟部分の活用、1つの病室に多数の患者を入れる、スタッフに超過勤務やシフト入りを増やすよう求める、などの対策を進めている。

カーニー郡病院のように、農村地域や過疎地をカバーする「クリティカルアクセス病院」に指定されている規模の小さい病院は本来、こうした対応を目的としていない。資金面はぜい弱で、大規模な医療施設から離れた地域の住民に対して基本的な治療や救急医療を提供するのが主な仕事だ。ミラー医師によると、今では「誰であろうと来院した人には手当てができるよう計画を立てざるを得ない」と言う。

医療従事者によると、保守的な州や郡では、新型コロナの感染者が急増する中、患者や地元の有力者に新型コロナを真剣に受け止めるよう説得するのは決して容易ではない。民主党がでっち上げた流行ではないと分かってもらうことだけでも困難に直面することが少なくないという。

新型コロナ流行のねつ造説は、政権のトップが発信源だ。トランプ氏は大統領選の際、中西部などで人が密集する集会を開き、マスクを着用するかどうかは個人の判断だとした。トランプ氏は選挙に負けたが、任期があと2カ月残っており、危機が悪化しているのに自分の新型コロナ戦略を見直す兆しは見られない。

これについてホワイトハウスの報道対応室はコメント要請に答えなかったが、医療当局者や病院のスタッフの間からは、感染状況を見るとこうした自由放任の政策は受け入れがたいとの声が出ている。

ネブラスカ大医療センターのケリー・コーカット医師は「コミュニティーに分断が起きている。バーやレストランに出掛けたり、感謝祭のディナーを計画したりしている人がいる」と述べた。医療従事者は「落胆を味わっている」と言う。

米国の新型コロナによる死者数は25万6000人余りに達した。ただ、研究が進んで致死率は下がっており、モデルナやファイザーなどのワクチンが来年初めには供給されそうだ。一方、当面のところ、小規模な病院は「レムデシビル」など治療薬については大病院と同じ対応が取れるが、ICUの機器や専門スタッフの確保は大病院に遅れている。

気温が下がり室内で過ごす時間が増え、休暇中の旅行は続いており、中西部の医師は事態がすぐに良くなることはないと見ている。ミラー医師は「最悪期はこれからだ」と話した。

<知人も犠牲に>

病院の幹部によると、スタッフは超過勤務や悲しみ、死などに見舞われ、士気が低下している。多くの病院にとって最大の問題はベッドではなくスタッフの不足だという。サウスダコタ州アベラヘスルのアンソニー・ヘリックス医師は「折りたたみ式ベッドを用意することはできるが、だからといって適切な看護スタッフがそろうわけではない」と述べた。

カンザス州のハッチンソン地域医療センターの看護師、メリッサ・ヘーゼル氏によると、新型コロナ患者は症状が急激に悪化することがあるため、他の患者よりも注意深く見守る必要がある。ヘーゼル氏自身も新型コロナに感染し、ウイルスを拡散しなくなったことが確認されてすぐに職場に復帰した。

「精神的、肉体的に仕事に復帰できる状態だったと思いますか。いいえ。でもチームメートのことを考えると復帰する必要があった」

僻地の病院は患者が最も少ない時期ですらスタッフが不足している。患者が増えると期間限定で働く「トラベルナース」を採用するが、今では確保が難しくなっている。

ノースダコタ州のコモンスピリット・ヘルスの看護師長、マリー・ヘランド氏は11カ所のクリティカルアクセス病院向けにトラベルナースを採用しようとしたが、全て大病院に持って行かれてしまったという。

ハッチンソン地域医療センターの看護部門の責任者、アマンダ・フレット氏は事務作業に退いて長いが、現場でシフトに入り始めた。常に肉体的、精神的に疲れ、患者が近しい友人や同僚だといっそうつらい思いをするという。

同センターの看護師ヘーゼル氏は、元ボーリング仲間を患者として世話することになった。「優しくて、いつも座っておしゃべりしていた」彼は今、人工呼吸器につながれている。「1、2週間中に厳しい決断をすることになるでしょう」とヘーゼル氏は言う。

<医療従事者は限界>

医療従事者によると、新型コロナを軽視する態度が当局者やコミュニティー、患者の間ですら広がっており、いら立ちを感じるという。

ウィスコンシン州のSSMヘルスのアリソン・シュワルツ医師によると、患者の1人は新型コロナの症状が悪化しても恐ろしい病気だと絶対に認めなかった。この患者が亡くなったときに家族は、新型コロナが原因だということを受け入れるのを拒んだ。新型コロナで死亡することはないと信じていたためだという。

中西部では一部の州や地方自治体がマスクの着用やソーシャルディスタンス(社会的距離)の義務付けに消極的だ。

ネブラスカ州のピート・リケッツ知事(共和党)は地方自治体によるマスク着用の義務化を認めないとまで述べた。知事は13日の記者会見で「マスクには効果があるが、ひとつの手段にすぎない」と述べ、人と距離を取ったり大規模な集会を避けたりといった対策にも目を向けるよう促した。

サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事はマスク着用の義務化を拒否し、公衆の場での集会や事業活動への制限も課していない。こうした事柄は「個人の責任」によるという立場だ。

医師らは、こうした行動を変えようとしても無力感に襲われると話す。SSMヘルスのシュワルツ医師は「誰もが人生を歩み続けている」が、「われわれの方は溺れかけているような感じだ」と話した。

(Nick Brown記者)



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