男性が次々と公開した被差別部落を訪ねる動画。「神奈川県人権啓発センター」という呼称を使い、「学術」「研究」とうたっている(写真の一部を加工しています)
誰もが容易に情報を公開し、瞬時に拡散させることができるネット社会では、かつてとは質も規模も異なる人権侵害が起きるようになりました。「部落問題」を巡っては、全国5千カ所の被差別部落のリストや各地区を撮影した動画が公開される問題が起き、被差別部落にルーツを持つ多くの人たちが、それらの情報を基に差別に遭ったり、偏見が広がったりすることを恐れています。部落差別解消を目指す活動の画期となった全国水平社の創立から3日で100年。問題に真正面から向き合うために、現状を伝えます。(西日本新聞meで公開した全20回の連載の一部を再構成しました)
【写真】男性が「同和地区」として公開したグーグルマップ
「部落探訪」という文字とポップな音楽を背景に、何の変哲もない住宅街が映し出されて映像は始まる。
被差別部落を訪ねるという趣旨で2月2日、インターネット上に公開された。タイトルには関東地方にある地区の名前が記されている。地域の歴史を説明しながら歩く撮影者は民家も車のナンバーも、墓碑に書かれた名前まで映していく。
撮影しているのはネット上で「鳥取ループ」を名乗る神奈川県の男性。2018年ごろから、各地の被差別部落を題材とした動画を150本以上作ってきた。ある動画では、民家の呼び鈴を押して住民に話を聞くこともあると明かし「世界に発信するものなんで、突っ込んだ内容でやっていこうかなという考えがあります」と語っている。
それだけではない。16年には、全国約5千カ所の被差別部落の所在地や名称などを網羅した「地名リスト」をネット上に公開した。その基となった資料を復刻出版する計画も公表した。
誰でも自由に編集できる部落問題の「ウィキサイト」も開設した。被差別部落の関係者の情報を掲載するページには同年3月以降、名前や住所、電話番号など膨大な個人情報が次々に書き込まれた。
いずれも、従来の「常識」を破る行動といえる。
地域住民の一部には周知であっても、被差別部落に関わる情報は慎重に取り扱われてきた。16年に施行された部落差別解消推進法が指摘する通り、「現在もなお部落差別が存在する」。どこが被差別部落かという情報が広く知れ渡れば、誰がどんな形で差別に悪用するか分からない。
福岡県内の被差別部落で暮らす女性(72)は半年ほど前、動画の存在を知った。自分の家も映っていた。「本当に恐ろしゅうなって。子どもたちに申し訳ないねーって思ったりね」
すでに結婚している息子が会社や家庭で肩身の狭い思いをするのではないか。離れて育ち、事情を知らないであろう孫たちにも「もう、ここには寄りつくな」と言うべきか。よく眠れず、幼い頃の地区の様子を夢に見るようになった。
鳥取ループに会えたら、と女性は語気を強めた。「あんた、どんな気持ちでそんなことするとね、面白半分にそんなの載せてから、なんが楽しいと、って問い詰めたいよ」
昨年、取材班は鳥取ループを名乗る男性に話を聞いた。活動の目的は「真実の追求」。彼は言った。「部落差別自体がデマ。部落問題は、風評なんですよ」