山口組を指定暴力団にするために開かれた聴聞会の後、兵庫県警本部を出る宅見勝若頭(当時、右から2人目)ら同組幹部。右端は現在の6代目、篠田建市組長=平成4年4月、神戸市中央区
民事介入暴力などの暴力団の不当行為を取り締まる「暴力団対策法」は今年3月、平成4年の施行から30年を迎えた。施行当時、準構成員などを含む暴力団の構成員は約9万人だったが、昨年末には約2万4100人で、3分の1以下にまで減少。同法を適用して「カネ・トチ・ヒト」の3つの側面から暴力団を追い詰める政策が一定の成果を上げたといえる。日本最大の指定暴力団「山口組」が本拠地を置く兵庫県ではこの30年、何が起こったのか。
【グラフでみる】全国の暴力団構成員数の推移
■カネ~中止命令~
暴力団を弱体化するためにはまず、資金源「シノギ」を絶てといわれる。暴対法成立前、世の中はバブル景気で地価が高騰。住民を恫喝(どうかつ)して強引に土地を買い取る「地上げ」、店舗経営者から場所代や用心棒代を搾取する「みかじめ料」、そして不当な寄付金の要求などが横行した。暴力団はあらゆる経済活動に入り込み、金銭を要求していた。
だが、当時の法律では多くの場合、事件化が困難。不当に土地や金を奪われた人たちが泣き寝入りせざるをえないケースが少なくなかった。
暴対法の柱は、こうした金銭要求を「暴力的要求行為」として禁止し、都道府県の公安委員会や警察署長が中止命令を発出できるようにしたことだ。平成3年4月、法案を審議する国会で答弁に立った警察庁の国松孝次刑事局長=当時=は次のように強調している。
「『暴力的要求行為』を作った理由は、組織の威力を使い巧妙な形で犯罪にならないよう、暴力的な要求行為を行っているという実態に即するためだ。現行法の取り締まりができないところを、今後取り締まりをしていくことができる」
そして暴対法は、衆参両院で全会一致で可決、翌年3月に施行された。
法のグレーゾーンにつけ込む暴力団に対し、中止命令で歯止めをかける。それこそが法制化の大きな狙いだった。違反すれば、3年以下の懲役または500万円以下の罰金に処される。兵庫県では、法施行以降、暴力的要求行為などに対して3千件を超える中止命令が発出され、確実にシノギを絶っていった。
■トチ~代理訴訟~
「花隈」(神戸市中央区花隈町)。この地名は暴力団関係者の間で、独特の鈍い響きを持つ。山口組5代目組長を出し、組を実質的に支配していた「山健組」がこの地に本部を置き、「花隈」は山健組を指す隠語だからだ。
「山健にあらずんば山口組にあらず」。かつてそんな権勢を誇った組織も、本拠地を失う危機に直面している。
暴対法施行からちょうど30年となった今年3月12日、神戸市中央区の花隈公園で、暴力団追放へ向けた集会が開かれていた。「花隈町に暴力団はいらない」。集まった住民ら約100人が掛け声に合わせ、拳を突き上げた。
集会の前日には、暴力団追放兵庫県民センター(暴追センター)が、花隈の山健組本部などの使用禁止を求める仮処分を住民の代理として神戸地裁に申し立てていた。
代理訴訟制度は平成24年の暴対法改正で新たに定められた。報復の恐れがある組事務所の周辺住民の代わりに各都道府県の暴追センターが原告となり、組事務所の使用を禁止する仮処分を申し立てることができる。
兵庫県では、これ以前に同様の申し立てが5件行われ、組事務所の撤去や売却につながった。代理訴訟制度は、確実に暴力団から本拠地を奪っていった。
■ヒト~社会復帰支援~
こうして資金源と本拠地を失っていった暴力団の構成員数は、暴対法施行以降減少傾向が続いている。新たに組に入る若者が減っただけでなく、暴力団を離脱した者もいる。しかし、離脱後に就職できず生活苦に陥れば、また組に舞い戻るしかない。
暴対法はこうした事態を防ぐため、離脱希望者が就職して社会復帰できるように行政が必要な支援を行うことを求めている。
兵庫県警では、暴力団の離脱者を働き手として受け入れる協賛企業を募り、離脱後の就職を支援。また今年度から、雇用した離脱者が企業でトラブルなどを起こした際に損失を補償する「損害補償金制度」を拡充した。離脱した構成員をスムーズに社会復帰させることで、暴力団のさらなる弱体化を目指す構えだ。
だが、新たな問題も浮上している。最近では、暴力団が組員を離脱したように見せかけて潜行的に活動させたり、組員が法の対象にならない不良集団「半グレ」と結びついて違法行為をしたりしているとも指摘されている。
そして近年、暴力団の大きなシノギになっているとみられるのが特殊詐欺だ。電話口などで公的機関や家族をかたり、高齢者をだますことが多く、表面上は暴力団組織の関与を感じさせない。ただ、ある兵庫県警幹部はこう指摘する。「組織性や裏切り者を出さない結束力が必要で、暴力団員に向いている犯罪といえる」
都道府県警では、特殊詐欺の担当を知能犯を扱う捜査2課から暴力団や組織犯罪の担当課に移管する動きが進む。
暴対法の効果で勢力が衰えたとはいえ今もなお存在し、不法行為を繰り返している暴力団。この幹部は「あらゆる手段を使い暴力団を壊滅に追い込んでいく」と語気を強めた。