人であふれかえる梨泰院の路地。この直後、事故が起きたという。現地メディアが10月30日に配信した=ロイター
【ソウル=溝田拓士】韓国ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)で10月29日夜に起きた雑踏事故は、156人が死亡し、約190人が重軽傷を負った。5日で発生から1週間。「群衆雪崩」に巻き込まれた人たちが惨事の記憶を語り始めた。
【写真】折り重なって倒れ、押しつぶされる人たち
「目をつぶらないで、呼吸だけに集中して。生き残らないと!」
ソウル近郊の仁川(インチョン)市に住む会社員の男性(28)は傍らの妻(33)に叫び続けた。前後左右の人に体を強く圧迫され、全身が熱い。体は斜めにかしいだ姿勢で、両足は宙に浮いている。小柄な妻は意識を失いそうだった。近くの人は顔色が紫色になって目を閉じた。「人が死んだ」。悲鳴が飛び交った。
ハロウィーンの雰囲気を楽しもうと妻と遊びに来て、事故に巻き込まれた。事故現場は幅3・2メートル、長さ40メートルの緩やかな坂道。夫妻は事故発生前、坂道を上りきってレストランが立ち並ぶ路地へと曲がろうとしたが、群衆の流れにのまれ、後退した。「押さないで」と叫んだが、押し戻された。坂道の中ほどで、人が折り重なるように倒れた。約18平方メートルのスペースに300人以上が重なり、死傷者が集中した場所だ。
「オンマ(母さん)、死にそうだ」。死を覚悟して母にも電話した。身動きが取れなくなってから約1時間40分後、夫妻は背後から抱えられるように、救助要員に助け出された。靴は脱げていた。恐怖の現場をとにかく離れようと、足裏の痛みを忘れて歩き続けた。
「とにかく怖かった」。男性は今も腰がきしむように痛い。妻は人混みを恐れ、地下鉄に乗るのも怖がるようになった。