浜崎あゆみ、自身の苦悩を告白「アメリカに逃げた」「大切なものを置き去りに」救われた楽曲も明かす

浜崎あゆみが、5日放送の『NHK MUSIC SPECIAL 浜崎あゆみ ~ayu 25年の軌跡~』に出演しました。彼女はブレイク当時に感じていた悩みや苦悩について明かしました。

浜崎あゆみ、社会現象になったギャップについて

1998年に19歳で歌手デビューし、翌年には同世代の女子たちのカリスマとなり、社会現象を巻き起こしました。しかし、浜崎は「そんなつもりはなかったのに、“浜崎あゆみ”っていうものが、自分たちの全く手に負えないモンスターになって、離れていってしまった」と明かしました。

彼女は「“浜崎あゆみ”に対する世間の期待に、私自身は負けてしまって、楽しんだりとかはできなかった」とギャップを感じたと話し、当時は「期待されていることだったり、役割として任されていることだったり、世間が思う“ayu”でいよう」と感じていたと語りました。

浜崎あゆみ、アメリカへの逃避と涙で振り返る

「毎日が繰り返しになって、毎年スケジュール表を更新しなくてもいいぐらいずっと同じことをやってきた」という浜崎は、2010年代に入ると気持ちに変化が訪れました。「これなんのために私ずっとやってるんだろう」と2013年に突然、活動拠点をアメリカに変えたことを告白しました。「日本にいると売れてる売れてない関係なく、私はもう“浜崎あゆみ”なので」と言い、「アメリカに逃げた」と理由を明かしました。

アメリカに行ったことで浜崎は自由になれたと感じていたそうですが、「本当は真実じゃなくて…大切な人も大切なものもたくさん置き去りにして、自分1人で現実から逃げたんだな」と当時を回顧し、目から涙を溢れさせました。彼女は当時、「私は“ayu”として、今回の人生はきちんと全てのことに向き合って生きていこう」と決意したと、涙ながらに語りました。

さらに、同時期に「自分の曲はどんな曲を何度書いてもうまくレコーディングできなくて」と感じていた浜崎。彼女は宇多田ヒカルの楽曲「Movin’on without you」をカバーし、「すごく新鮮だった」と語りました。「純粋に音楽って楽しいなと思える時間」「嬉しかった」と宇多田の楽曲に救われたと振り返っていました。

この記事の情報はNHKより取得しました。

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