台湾原住民パイワン族戦士が英国から故郷へ帰還!日本の台湾出兵が背景に

エディンバラ大学と台湾代表団との間で行われた頭骨返還儀式の様子が感動的なニュースとして広まっています。英エディンバラ大学の解剖学教室の倉庫に眠っていた台湾パイワン族戦士4人の頭骨が、100年以上の時を経て台湾に戻ることが決まりました。その背景には、明治時代の日本による台湾出兵が深く関わっているのです。

台湾出兵最大の戦闘「石門の戦い」で斬首されたパイワン族戦士

台湾出兵は、1871年に琉球・宮古島の船が台湾南部に座礁し、船に乗っていた54人の島民がパイワン族に殺害されたことをきっかけに行われました。明治政府は報復を目的に台湾へ出兵し、屏東県一帯の牡丹社などを攻撃しました。この出兵は、明治維新政府にとって初めての海外出兵であり、日本の歴史の教科書にも記載されています。特に石門で行われた激しい戦闘は、「石門の戦い」として知られる最大の戦闘となりました。

この戦闘では、パイワン族の戦士たちの遺体から首を切り落とすという日本軍の行動が問題となりました。パイワン族側では十数人が戦場で死亡し、多くの戦士が負傷のために後に亡くなったとされています。一方、日本軍側もいくつかの死者を出しています。このような事態について、派遣軍の司令官であった西郷従道陸軍中将は激怒したと言われていますが、その後の頭骨の行方はわからなくなっていました。

台湾と英国の感動的な再会

そして、100年以上もの間、エディンバラ大学の倉庫に眠っていたパイワン族戦士の頭骨がついに台湾へ帰還することとなりました。11月3日にはエディンバラ大学で感動的な返還儀式が行われ、6日に頭骨は航空機で台湾へ運ばれました。なぜパイワン族の頭骨が遠い英国・スコットランドにあったのか、その背景には日本の台湾出兵との深い関係があります。

このニュースは台湾や日本の歴史における重要な出来事であり、台湾の先住民族であるパイワン族にとっても大きな意義を持つものです。我々は、このような歴史的な出来事を大切に記憶し、過去の遺構や文化を守り続けることが重要です。

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この記事の情報元:日本ニュース24時間