自宅の車庫での出来事に、彼は死を覚悟しました。「もう死ぬんだな」と。彼は必死に頭を守りましたが、鋭い爪と牙が何度も襲いかかりました。一瞬の隙をついて逃げることができましたが、クマは追いかけてきました。この日、周辺では既に4人がツキノワグマに襲われていました。そして彼は「5人目」となってしまったのです。
恐怖の一部始終
湊屋啓二さん(66)は、北秋田市で有名な「鷹松堂(たかまつどう)」という菓子店を営んでいます。ある朝、湊屋さんは工場で餅を切っていた時に若い女性が走り去る様子を目撃しました。外に出ると、高齢の女性がうずくまっており、周りには人々が集まっていました。
後から知ったことですが、この前にも2人の女性が被害に遭っていたのです。北秋田署によると、場所は約700メートル離れた住宅街で、それぞれ80代の散歩中の女性でした。
湊屋さんが目撃したのは3人目の女子高校生(16)で、バス停でバスを待っているときに襲われました。4人目の女性(82)は交差点で襲われ、肩に裂傷を負いました。他にクマの目撃情報はなく、1匹のクマが襲ったと考えられます。4人とも病院で手当てを受けましたが、命に別条はありませんでした。
その後、湊屋さんは自宅の車庫に戻りましたが、向かい側の車庫が気になりました。知人からは「パトカーは別の方に向かった」と聞いたため、クマは離れたのだろうと思い込み、シャッターを閉めました。
午前11時すぎ、湊屋さんは会合に出かけようとした際、車庫のシャッターを開けると、黒い大きなクマと目が合いました。「でかい。ヤバい」と思いました。クマの大きさは約1.5メートルで、お互いの距離は2メートル程度でした。
湊屋さんはクマに対処法を頭に入れていました。「目をそらさずにゆっくり後ずさり。10メートル以内に近づいたらスプレーを…」と。しかし、至近距離すぎました。4人を襲った後、クマは湊屋さんに迫ってきました。湊屋さんは工場へ走って逃げようとしましたが、気づくとクマに倒されていました。
湊屋さんはうつぶせになれず、右を向いて横たわりました。クマは片手で湊屋さんの顔や腰を押さえつけながら、もう片方の手で攻撃を繰り返しました。興奮した荒い声も耳に入ってきました。
湊屋さんは頭をかばいながら必死に耐えました。隙を見て工場に向かって逃げ、内側から戸を閉めました。しばらくすると、クマは戸の前をうろうろしてから車庫に戻っていきました。
湊屋さんは自ら携帯電話で110番し、妻に救急車を呼んでもらいました。工場の鏡で頭の傷を確認すると、皮膚が10センチ程裂け、頭蓋骨が見えていました。湊屋さんはドクターヘリで秋田市の病院に搬送され、治療を受けました。8日後に退院しましたが、全身の傷は今も痛々しい状態です。
今年度のクマによる人身被害は164件(10月末現在)で、2006年度以降で最も多くなりました。背景には、冬眠前のクマにとって重要なエサとなる木の実の不作があると見られています。秋田県自然保護課は「今年は特に不作。少量の実を独占するオスクマが増え、他のクマが市街地まで降りてきたのでは」と分析しています。