24歳のキャリア官僚雅子さまが語った仕事と結婚 皇室入る5年前に

皇后雅子さまが60歳の誕生日を迎えました。男女雇用機会均等法の施行元年に外交官試験に合格し、外務省に入省した彼女は、24歳の若さで朝日新聞の取材に応じました。当時、彼女は将来有望なキャリア官僚として東京・霞が関の若手官僚として活躍していました。仕事や結婚について彼女が語った思いとは一体何でしょうか?

皇后さまのキャリア官僚としての若き日

1987年12月25日付の朝日新聞朝刊第3社会面(東京本社版)には、「霞が関」87年入省の女性たち」という見出しの記事が掲載されました。その記事によると、霞が関の官庁街には女性だけの同期会「花(87)の同期会」が結成されたと伝えられました。その中の同期の一人が、今の皇后である小和田雅子さんでした。

記事は「仕事を持つのは当然 結婚と両立させたい」という見出しで始まります。小和田さんは、外交官の父を持ち幼いころから外国での生活が長かったことを伝え、仕事を持つことに迷いはないと語っています。「ハーバードでは、女性でも仕事をもつのが当たり前でしたから」「ただ、いよいよ外務省から内定をもらった時、これで自分は結婚できないかもしれない、とも……。両立させたいですね」と話しています。

皇后さまの結婚への道

小和田さんは、経済協力開発機構(OECD)の環境委員会を担当し、資料の準備や会議での日本政府の見解を調整する役割を果たしていました。彼女は忙しい日々を送りながらも、結婚と仕事の両立に取り組んでいました。「夜2時に帰宅したら、母にきょうは早いわね、と言われちゃいました」と語っています。

記事の最後には、「日本では、女性というだけで珍しがられたり、外見のことを言われたりするのが、ちょっぴり残念です」と彼女は感じていたことが書かれています。

この記事が掲載された約5年後、小和田さんは皇太子妃に選ばれ、皇室入りすることになります。当時皇太子だった天皇陛下からプロポーズを受け、外交官の仕事を辞めるかどうか悩んだ彼女は陛下の言葉に心を動かされ、29歳で結婚を決意しました。

皇室に入り、30年以上経った現在も、彼女は適応障害の療養をしながらも、地方訪問などの活動を広げているのです。

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(記事のソース:Yahoo!ニュース