韓国留学で経験した心ない言葉。「韓国語が流暢じゃない」に在日コリアン3世はどう向き合ったのか?

日本語を母語に、韓国語を学ぶということ

韓国留学中の出来事。飲み会の席で初めて会った韓国人女性に、英語で話しかけられた。「Can you speak English? Because your Korean is not fluent.」。

母語が日本語で、韓国語を勉強するために韓国に留学している身にとって、これほどまでに心ない言葉はないだろう。ましてや、韓国語の中上級レベルを自負し、語学堂でも上位クラスに所属しているという自負があっただけに、その言葉は私の人格を否定されたような、深い悲しみと怒りを感じさせた。

言葉の背景にある想像力の欠如

「あなたの韓国語は流暢じゃない」。

この言葉を発した韓国人女性は、恐らく私が歩んできた人生、韓国語に込めた思い、そして韓国で学ぶ決意をした背景を、想像することができなかったのだろう。

もちろん、一言でそこまで感情的になる必要はないという意見もあるだろう。しかし、面と向かって投げかけられた言葉は、時として、尊厳を傷つけられ、侮辱されたと感じるほどの威力を持つことがある。

静かな抵抗がもたらした変化

怒りを鎮め、深呼吸をした後、私は韓国語でこう伝えた。「どうして英語で話すんですか。悲しいです。傷つきました」。

その瞬間、場の空気は凍りついた。彼女は驚きを隠せない様子で、私の言葉を理解できずにいた。そこで、友人が間に入り、「彼は韓国語を理解できます。私たちの話を聞いています」と説明してくれた。

私の静かな抵抗は、彼女に何かを伝えることができたのだろうか。真意は定かではないが、少なくとも、言葉を発する前に、相手の立場や気持ちを想像することの大切さを、少しでも感じてくれていればと願うばかりだ。

異文化理解の第一歩は想像力から

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この経験を通して、改めて異文化理解の難しさと大切さを痛感した。言葉の壁だけでなく、文化や歴史の違いを乗り越えて、互いを理解し、尊重し合うためには、想像力を働かせることが何よりも重要なのではないだろうか。

皆さんは、このような経験をしたことがありますか? ぜひ、コメント欄であなたの意見を聞かせてください。