都会の喧騒を離れ、自然の中で暮らす。そんな憧れを抱く人は少なくないでしょう。フォークシンガーの南こうせつさんもその一人。75歳を迎えた今も現役で活躍する彼が、26歳という若さで東京を離れ、富士山麓での田舎暮らしを選んだ理由とは?音楽活動、健康の秘訣、そして人生哲学まで、たっぷり語っていただきました。
東京での刺激的な日々から、何かが足りない感覚へ
南こうせつさんは、若くして音楽の道を志し、上京。馬込の四畳半から始まり、高円寺、四谷三丁目、そして憧れの青山へと移り住み、刺激的な都会生活を満喫しました。原宿のペニーレーンでは、吉田拓郎さんをはじめとする多くの音楽仲間と出会い、語り合い、時にはバーボンを飲みながら熱い議論を交わしたそうです。
南こうせつと吉田拓郎の思い出の場所、原宿のペニーレーン
しかし、華やかな都会生活を送る一方で、南こうせつさんの心には「何かが足りない」という感覚が常にありました。それは、生まれ育った田舎への郷愁、自然への深い愛情でした。一度故郷を離れたからこそ、自分が真に求めているものは何か、改めて気づかされたのです。
26歳、大きな決断。富士山麓での生活
そして26歳、南こうせつさんは大きな決断を下します。それは、東京を離れ、山梨県の河口湖畔、標高1200メートルの富士山麓に移住することでした。若くして成功を収めたミュージシャンが、都会の喧騒を捨て、自然豊かな地での生活を選ぶ。当時としては異例ともいえる決断だったでしょう。
「やりたいと思ったらすぐやらないと」。これは、南こうせつさんが若い世代に伝えたいメッセージです。10年、20年とあっという間に過ぎてしまう人生だからこそ、思い立ったが吉日。行動に移すことの大切さを、彼は身をもって示しています。
富士山麓の生活は、決して楽ではありませんでした。冬は氷点下20度まで冷え込み、家の中に置いていたビールが凍って破裂することもあったといいます。しかし、厳しい自然の中でこそ、真の豊かさ、心の安らぎを見つけることができたのです。初めて田舎で新年を迎えた時、「ああ、自分が求めていたのはこれだ」と実感したそうです。
南こうせつが愛する富士山麓の雄大な自然
田舎暮らしで得たもの、そして未来へ
都会の刺激と便利さを手放し、自然の中で暮らす。それは、一見すると不便で大変な生活かもしれません。しかし、南こうせつさんは、田舎暮らしの中で、真の豊かさ、心の安らぎ、そして自分自身を見つけることができたのです。「神田川」をはじめとする数々の名曲は、自然豊かな環境の中で生まれたインスピレーションから生まれたのかもしれません。
75歳を迎えた今も、精力的に音楽活動を続ける南こうせつさん。彼の歌声には、自然への愛情、人生への深い洞察、そして未来への希望が込められています。
この記事を読んで、あなたも田舎暮らしの魅力、そして人生の豊かさについて考えてみませんか?