零戦のエンジンを生産した中島飛行機武蔵製作所：戦火に消えた巨大工場の記憶

かつて東京西部、現在の武蔵野市に、東洋一と謳われた巨大な軍需工場、中島飛行機武蔵製作所が存在しました。東京ドーム12個分もの広大な敷地に、零戦のエンジンをはじめとする航空機部品が製造され、日本の航空戦力を支えていました。この記事では、その歴史と、空襲による破壊、そして戦後の変遷を辿ります。

中島飛行機の誕生と成長：真珠湾攻撃を支えた航空機メーカー

中島飛行機は、海軍出身の中島知久平氏によって1917年に群馬県太田市に設立された「飛行機研究所」を起源としています。革新的な技術を次々と導入し、日本海軍初の単発引込脚艦上攻撃機である九七式艦上攻撃機や、名機として知られる一式戦闘機「隼」など、数々の軍用機を開発・生産しました。九七式艦上攻撃機は、真珠湾攻撃にも投入され、中島飛行機は日本を代表する航空機メーカーへと躍進しました。

中島知久平

武蔵製作所と多摩製作所の設立：陸海軍の対立と統合

1938年、陸軍向けの武蔵野製作所が現在の武蔵野市に設立されました。その3年後には、隣接地に海軍向けの多摩製作所も建設されました。当時の陸海軍の対立を反映し、両工場は塀で隔てられていましたが、戦況の悪化に伴い、1943年に統合され、武蔵製作所となりました。

戦時下の工場：勤労動員と過酷な労働環境

最盛期には約5万人が従事し、勤労動員として多くの学生も動員されました。24時間体制で航空機エンジンを生産する過酷な環境下で、若者たちは厳しい労働を強いられました。当時の状況を知る矢島淑子さん（96）は、工場内の油の匂いや、機械による怪我の多さなどを証言しています。生産されたエンジンは、群馬の太田製作所などへ輸送され、機体に搭載されました。

爆弾の破片

B29による空襲：本土初空襲の標的に

日本の航空戦力を支える中島飛行機武蔵製作所は、米軍にとって重要な標的でした。1944年11月24日、サイパン島を飛び立ったB29爆撃機による本土初空襲の標的となり、武蔵製作所は大きな被害を受けました。当時、周辺住民は麦畑の中にそびえる巨大な工場と、そこから立ち上る煙、そしてエンジンのテスト音を記憶しています。

空襲を受ける中島飛行機武蔵製作所

戦後：米軍宿舎を経て、公園の一部に

終戦後、武蔵製作所は閉鎖され、一時期は米軍宿舎として使用されました。そして現在、かつての巨大工場の跡地は広大な公園の一部となり、当時の面影を残すのはわずかな遺構のみとなっています。航空機産業史研究家の佐藤一郎氏（仮名）は、「中島飛行機武蔵製作所は、日本の航空技術と戦時下の社会状況を理解する上で重要な史跡である」と指摘しています。