ロシアとの長い国境を持つフィンランドでは、国民一人ひとりが国防を担うという、独自の安全保障戦略が注目を集めています。ウクライナ侵攻を機にNATO加盟を果たしたフィンランドですが、その強固な防衛体制の根幹にあるのは、戦後長年にわたり培ってきた「包括的安全保障」戦略です。本記事では、その詳細と、国民の意識の高まりについて掘り下げていきます。
冬戦争の教訓が生んだ「包括的安全保障」
第二次世界大戦中の冬戦争の苦い経験を踏まえ、フィンランドは社会全体の耐久性を高める独自の安全保障戦略を構築しました。これは、政府機関だけでなく、民間企業、各種団体、そして市民一人ひとりがリスク管理の主体となることで、自然災害や軍事侵攻を含むあらゆる脅威に備えるというものです。
国防省安保委員会のコルバラ事務局長は、「国民はそれぞれの社会的な役割を通じて、国防に貢献できる」と述べています。例えば、会社員、親、ボランティア活動など、日常生活における様々な活動が国防につながるという考え方です。
altフィンランド国防省安保委員会のコルバラ事務局長。国民一人ひとりが国防に貢献できる体制の構築を推進しています。
国民参加型の防衛訓練
国防省傘下の国防訓練協会(MPK)は、国民向けの無料訓練プログラムを年間約2000コース提供しています。内容は、サイバーセキュリティ対策から、森林でのサバイバル術、災害時の応急処置まで多岐に渡り、国民のあらゆるニーズに応えています。ウクライナ侵攻開始以降、これらの訓練への参加希望者は急増し、定員を大幅に上回る状況が続いているとのことです。フィンランド国防大学のセーダーホルム非常勤教授は、「訓練は趣味としても楽しまれており、国民生活に深く浸透している」と指摘しています。
核攻撃にも耐えうるシェルター網
フィンランドの包括的安全保障戦略を象徴するもう一つの要素が、全国に整備された避難用シェルターです。床面積1200平方メートル以上の建物にはシェルター設置が義務付けられており、現在5万基以上が稼働しています。これらのシェルターは、国民の85%にあたる480万人を収容可能で、有事の際には兵士を除くほぼ全ての国民が避難できる計算です。
首都ヘルシンキ中心部にあるメリハカ市民防衛シェルターは、地下約30メートルに位置し、核攻撃を含むあらゆる攻撃に耐えられる設計となっています。普段はスポーツ施設や駐車場として利用され、運営団体が維持管理を担当しています。内部にはベッドや組み立て式トイレなどが備蓄されており、有事の際には市民も設営や運用に携わることになっています。
ヘルシンキ市救助局のレヘティランタ安全対策コミュニケーション部長は、「シェルター運用の仕組みはNATOにも参考になるだろう」と自信をのぞかせます。ボランティアによるシェルター運用訓練も定期的に実施されており、ウクライナ侵攻以降、参加者は増加傾向にあります。
欧州の安全保障戦略への影響
前大統領のニーニスト氏は、EU欧州委員会の依頼を受け、非軍事・軍事両面での準備強化に関する報告書を提出しました。フィンランドの包括的安全保障戦略をモデルとしたアプローチの必要性を訴えたこの報告書は、今後の欧州の防衛戦略に大きな影響を与えることが予想されます。ロシアの脅威に対する懸念が高まる中、フィンランドの独自の安全保障戦略は国際社会からますます注目を集めていくでしょう。
包括的な安全保障で未来を守る
フィンランドの包括的安全保障戦略は、国民一人ひとりが主体的に安全保障に関わることで、国全体のレジリエンスを高めるという画期的な取り組みです。冬戦争の教訓を活かし、着実に発展してきたこの戦略は、今後の国際社会における安全保障のあり方にも示唆を与えるものとなるでしょう。