現職の大臣に閉店を惜しまれる店というのも、そう多くはあるまい。国会で半世紀以上にわたり営業を続けてきた「職員理髪」が昨年末で閉店した。歴代の宰相も通った名店だけが知る、数々の逸話を紹介しよう。
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「職員理髪」が56年間の歴史に幕を下ろしたのは、昨年12月27日のこと。閉店前日には30年来の常連客だという村上誠一郎総務相(72)など、報せを聞きつけた永田町の住人たちが集い、別れを惜しんだ。
かように愛された名店で、店主の小鹿(こしか)里代さん(85)はその折節の“時代の顔”ともいえる国会議員たちを相手にしてきた。
既に片付けが進んだ店内で、その来歴と共に、目にしてきた議員らの姿を語る。
「私は福島県川内村の生まれ。実家は米農家で、国会と何の縁もなかった」
小鹿さんは中学を卒業後、郡山市の専門学校に進学、理容師の資格を取得した。
「郡山で働いても、田舎だから給料が低く、生活は苦しかったね」
そんな折、父親から「手に技術があるんだから、もっと国のど真ん中で働け」と大胆な助言を受けたこともあり、18歳の小鹿さんは上京を決意する。
「国の“ど真ん中”で働くんだと、国会内にあった理髪店に就職を決めたの。4畳半のアパートで下宿暮らしだったけど、月給は1万3000円と大幅に上がった」
「5万円をポンと手渡し……」
当時は高度経済成長期の真っただ中。議員たちもまた、羽振りが良かった。
「散髪していると、記者が入って来てね。ついて来た秘書が社名を伝えると、議員は“片手だな”って5万円をポンと手渡すの。“これで悪い記事は書かれないんだ”って」
客の一人に「所得倍増計画」で知られる池田勇人元首相がいた。晩年、がんに侵され入院していた元首相のため、小鹿さんは病院まで散髪に出向いた。
「いつもお願いしている人がいいと頼まれてね。病床で散髪を終えると“ありがとう”と照れながらも喜んでくれた。今より大雑把なところもあったけど、みんな人間的には温かくて、仕事は楽しかったよ」