昭和のタクシー文化
先日テレビを見ていたら、女優の広瀬すずさんが出ていた。気になって年甲斐もなく色々と検索してみたら、中日新聞の記事「広瀬すずはバブル世代のおじさんたちよりも…!?「シースー」「シータク」業界用語使いこなしキャッシュレス!」(2020年8月3日配信)を見つけた。
【画像】「マジっすかぁぁぁ!?」 これがタクシーの「横暴なカスハラ客」です!
記事の内容はさておき、「シータク」という言葉に触れた瞬間、懐かしい感覚が蘇った。バブル経済やテレビ業界を背景に、タクシー文化が鮮烈に存在していた時代を象徴する言葉として思い出されたのだ。
今でもタクシーを「シータク」と呼ぶ人はテレビ業界にいるのだろうか。テレビ業界は斜陽といわれて久しいが、もしまだ使っている人がいるとしたら、その言葉にしがみつく心理は単なる懐古では済まされない気がする。
「今どきそんな人いるわけないでしょ」とツッコミが入りそうだが、「中居正広9000万円トラブル」を巡る対応で徹底批判されている、いわゆる
「世間の常識からズレまくったテレビ業界」
を見ていると、絶滅危惧種のような人もまだいそうだと邪推してしまう。
というわけで、この記事では「シータク」という言葉が生まれた背景にある社会的・文化的な要因を考えてみる。記事の展開が強引すぎるだろうというツッコミは、素直に受け入れる。
「シータク」文化の栄華
「シータク」という言葉は、1980年代から1990年代初頭のバブル期において、都市生活者に深く浸透していた。当時のタクシーは、単なる移動手段ではなく、
「消費文化の象徴」
だった。タクシー業界は、この時期に需要のピークを迎えていた。企業の経費で使われることが多かったため、ワンメーターの乗車を避ける「乗車拒否」も頻発していた。逆に、長距離客や高額支払いを期待して、
「一万円札を手にした客」
を優先する運転手の話は、都市伝説として語り継がれている。「シータク」という言葉を使うことは、単なる略語の使用以上の意味を持っていた。それは、バブル期の高揚感や贅沢を象徴する言葉として、人々の記憶に刻まれたのだ。
さらに重要な背景として、「シータク」がギョーカイ用語(あえてこう表記する)として広まった経緯がある。テレビや広告業界の人々が頻繁にタクシーを利用していた時代、彼らが独自の略語や隠語を使うことで、仲間意識を深めていた。「シータク」もそのひとつであり、当時のギョーカイ人たちの生活や文化を反映していた。
テレビ番組や雑誌を通じて、こうしたギョーカイ用語は一般社会にも広まり、都市部の若者やサラリーマンの間で流行語のように使われるようになった。「シータク」といえば、単なるタクシーではなく、華やかな都会の夜や、高額な接待が思い浮かぶような時代背景があったのだ。