「‟日本のヤクザ”がいっぱいいる」
日本人による犯罪が急増しているカンボジア。前編では、犯罪グループが拠点にしていた港湾都市・シアヌークビルのホテルや廃墟だらけの市内を現地ルポし、そういった施設が犯罪の温床になっている可能性について追及した。
日本人に口座開設の「裏口」を誘導…基盤が脆弱すぎるカンボジアの銀行の「内部画像」
そんなシアヌークビルを後にした筆者は、「犯罪者の楽園」と形容されるカンボジアの首都・プノンペンを訪れた。プノンペンもシアヌークビルと同様に犯罪集団の拠点が数多くあると言われている。取材を進める中で見えてきたのは、カンボジアの脆弱な国家基盤だった。
「このレストランはかつて日本料理店だったのですが、ボス(店長)のせいで一度、閉店に追い込まれたんですよ」
プノンペン市内にあるネパールレストランを見ながら、警備員の男性はこうつぶやいた。この店は‘23年9月に摘発された日本人の特殊詐欺グループのもとに寿司や刺身、天ぷらなど、和食の弁当を配達していたという。
「特殊詐欺グループはプノンペン市内のアパートを拠点にしていて、そこに朝、昼、晩の3回、弁当を50個ずつ配達していました。店長の身体には刺青が入っていて、『日本のヤクザの仲間なんじゃないか?』と思っていました。昔から日本からやってくるヤクザと店長が繋がっているという噂がありましたし……特殊詐欺グループが摘発されたのとほぼ同じタイミングでこの店が閉店したことを考えると、噂は正しかったのかもしれませんね」(同前)
礼を言って去ろうとすると警備員はこう続けた。
「この辺りにはカンボジアに逃げてきた‟日本のヤクザ”がいっぱいいる。あんまり関わりたくないから詳しくは話さないけど、そういう悪い奴らは協力して犯罪行為をしている。カンボジアには強力なネットワークがあるんだ。日本人は金持ちのはずなのに、どうしてカンボジアで悪さをするのか」
なぜ今、日本人の特殊詐欺グループはカンボジアを拠点とするのか。そこに、この警備員の問いの答えがありそうだ。
「日本国内での摘発が厳しくなり、少し前までは中国、タイ、フィリピンが海外の拠点として使われていた。しかし、そこも取り締まりが厳しくなったため、カンボジアに流れてきたようだ。カンボジアと中国は地続きだから、犯罪組織が入り込みやすい。日本人のグループが携帯電話やアパートなどを手配する際に中国人マフィアに金を払って手配させた例もある」(警視庁公安部外事課関係者)
◆銀行口座開設の「裏口」
インフラが整いやすく、日本人でもビザの取得や銀行口座の取得などが容易。当局に賄賂が通用しやすいのもカンボジアが好まれる理由だと前出の警視庁関係者は語る。
「カンボジア外務省公式サイトで手続きさえ済ませれば、観光ビザなどを数日で取得できることがあります。大手銀行で銀行口座を開設するには、通常であれば有効期限が6ヵ月以上残っている一般ビザが必要です。ところが、カンボジア国内で就職活動をするための求職者ビザを取得し、その有効期限が6ヵ月以上あれば口座は開設できる。つまり、外国人でも容易に口座を開設できるのです」(ビザ取得代行業者)
筆者も実際にカンボジアの大手銀行の支店に出向き、口座開設を試みた。ビザの有効期限が足りずに開設はできなかったが、店長とおぼしき行員から「私のテレグラムを教えるから次に来るときは個人的に連絡をください」と申し出があった。テレグラムは秘匿性の高い通信アプリで、「裏口」を用意しているかのような言い方には大いに怪しさを感じた。
口座開設の窓口で順番を待つ間、日本人のグループと居合わせた。不良っぽい20~30代の男性5人で、彼らの会話を聞いていると、業者らしき男が「日本円は安くてダメだから、絶対にカンボジアでドル預金をしておくべきですよ」と熱弁していた。彼らがどういう目的でカンボジアに来たかはわからないが、筋の悪そうなカネをロンダリングするために海外口座を作ろうとしているのではないかと疑わざるを得なかった。
現在、カンボジアでは自国通貨リエルの信用が低いこともあり、ドルが主要通貨として流通している。少額の買い物はリエル、高額の買い物はドルと棲み分けされているのだ。ATMで出金する際にドルでしか引き出せないことも少なくない。外国人がドル口座を容易に開設できる背景には、実はこうした状況があるのだ。
近年では中国資本の急激な流入により、中国通貨の人民元も観光地などでは流通するようになっており、人民元で決済が行われる分野が拡大することが確実視されている。混迷は深まるばかり――しばらくの間、カンボジアは‟犯罪者の楽園”であり続けるだろう。
取材・文・写真:竹谷栄哉(フリージャーナリスト)
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