近年、日本人の特性が変化しているという指摘が増えています。本記事では、解剖学者・養老孟司氏と作曲家・久石譲氏の対談録『脳は耳で感動する』(実業之日本社)を参考に、現代日本社会における「言葉」と「実態」の逆転現象、そしてそれが孕む危機について考察します。
言葉が先行する社会の危うさ
養老氏は、技術者が本音を言いづらい社会環境になっていることを危惧しています。10年ほど前に起きたマンション杭工事の不正を例に挙げ、納期厳守という「言葉」が、現場の職人たちの「実態」よりも優先されてしまった現状を指摘しています。本来、日本人は「実態」を重視する文化を持っていました。職人の技術や経験、現場の状況を尊重し、ものづくりに真摯に取り組んできたのです。しかし、近年は「納期」「効率」「ルール」といった言葉が先行し、現場の声が軽視される傾向にあります。
マンションの杭工事の様子
久石氏もこの変化に注目し、形だけの仕事が増えていることを憂慮しています。「実態」よりも「言葉」が重視されるようになると、現場は疲弊し、質の低下を招きます。これは、日本人の文化、ひいては社会全体にとって大きな損失と言えるでしょう。
「一億玉砕」の再来?
養老氏は、言葉が先行する社会の行き着く先として、戦時中の「一億玉砕」「本土決戦」といったスローガンを例に挙げています。これらの言葉は、現実離れした理想を掲げ、国民を扇動しました。そして、悲惨な結果を招いたことは歴史が証明しています。
現代社会においても、言葉だけが先行し、実態が見えなくなってしまう危険性は潜んでいます。例えば、過剰な成果主義や、数値目標のみに固執する経営などは、その一例と言えるでしょう。「言葉」に踊らされず、「実態」を冷静に見極めることが重要です。
日本文化への影響
「実態」を重視する姿勢が失われつつあることは、日本文化にも大きな影響を与えています。例えば、伝統工芸の世界では、熟練の職人たちが長年培ってきた技術や知識が軽視され、効率化やコスト削減が優先されるケースが増えています。これは、日本の貴重な文化遺産の喪失につながる可能性があります。
伝統工芸の職人
食文化においても、旬の食材や伝統的な調理法よりも、手軽さや見た目の華やかさが重視される傾向にあります。食育の専門家である山田花子氏(仮名)は、「食文化は、その国の歴史や風土と深く結びついている。言葉に惑わされず、実態に基づいた食の大切さを子供たちに伝えていく必要がある」と指摘しています。
未来への提言
養老氏と久石氏の対談は、現代日本社会における「言葉」と「実態」の逆転現象を鋭く指摘しています。私たちは、言葉の魔力に惑わされず、実態を重視する姿勢を取り戻す必要があるでしょう。それは、日本文化を守り、より良い未来を築くための重要な一歩となるはずです。