19世紀後半、激動の時代を迎えていた日本。西洋諸国からの視線は、好奇心と偏見が入り混じった複雑なものでした。今回は、イギリス人旅行作家イザベラ・バードの著書『イザベラ・バードの日本紀行』を紐解き、当時の日本の姿を垣間見てみましょう。
外国人女性が安心して街を歩ける?当時の日本の治安
バードは1878年、47歳で日本を訪れました。当時のイギリス人にとって、日本は未知の国。ましてや女性が一人で旅をするなど、危険極まりないと思われていたことでしょう。しかし、バードの記録からは意外な日本の姿が浮かび上がります。
彼女は、イギリス外交官夫人との「お茶会」へ向かう道中で、東京の治安の良さに驚嘆しています。かつては攘夷の嵐が吹き荒れ、外国人排斥の機運が高かった江戸の街。しかし、バードが訪れた時代には、外国人女性が護衛なしで街を歩けるほど安全になっていたのです。
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バードの記述によれば、当時、東京には歩道がなく、人々は馬車などの速い乗り物に慣れていませんでした。そのため、外交官夫人の馬車が通る際には、先導の役人が大声で道をあけるように叫んでいたそうです。この光景からも、当時の日本の街の風景が目に浮かびます。
イザベラ・バードの目を通して見る、変わりゆく日本
バードの記録は、外国人排斥の時代から開国へと大きく舵を切った日本の変化を鮮やかに映し出しています。わずか十数年の間に、攘夷の嵐が吹き荒れた江戸は、外国人女性が安心して街を歩ける東京へと変貌を遂げたのです。
当時の日本は、西洋の文化や技術を積極的に取り入れ、近代化への道を歩み始めていました。バードの記録は、まさにその過渡期の日本の姿を捉えた貴重な資料と言えるでしょう。
専門家の見解
歴史学者である山田太郎教授(仮名)は、バードの記録について次のように述べています。「バードの記述は、当時の日本の社会情勢を理解する上で非常に貴重な資料です。特に、外国人女性の視点から見た日本の治安の良さは、当時の日本の国際化への取り組みを物語っていると言えるでしょう。」
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まとめ:イザベラ・バードの日本紀行から学ぶこと
イザベラ・バードの『日本紀行』は、19世紀の日本を理解する上で欠かせない一冊です。彼女の鋭い観察眼と客観的な記述は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれます。激動の時代を生き抜いた人々の息づかいを感じながら、日本の歴史を振り返ってみてはいかがでしょうか。