■「繰り上げ受給」も「繰り下げ受給」も少数派
年金受給開始は65歳が基準ですが、受給額を減らして60歳から受け取る「繰り上げ受給」と、受給開始を遅らせて受給額を増やす「繰り下げ受給」の選択肢があります。
【図表】繰り下げ受給で年金は増えるが、損益分岐年齢も高くなる
しかし、判断が難しいからか、これらを選ぶ人は少数派です。日本年金機構の調べによると、2022年度末時点で繰り上げ受給を選んだ人は国民年金で約10.8%、厚生年金で約0.7%、繰り下げ受給を選んだ人は国民年金で約2.0%、厚生年金で約1.3%にとどまりました。
年金は、一度決めた基準額が生涯にわたって支給されます。繰り上げ受給では減額された年金額での生活を続ける必要があり、繰り下げ受給では毎月の年金は増えるものの、長生きしなければ元が取れません。
参考までに年金を繰り下げた場合の試算を見てみましょう。65歳から受け取れる年金額が150万円/年の場合、受給開始を70歳まで遅らせると42%増額され213万円/年になります。この場合、81歳10カ月が「生涯の年金額が、繰り下げなかった場合より増える」分岐点ということになります。
厚生労働省が発表している令和5年の簡易生命表によると、65歳まで生きた人の平均余命は男性で19.52年、女性で24.38年です。ただ、自分が何歳まで生きられるかは誰にもわかりません。この不確実性が、繰り下げ/繰り上げの判断を難しくしています。
■病気で働き続けるのが難しい場合の選択肢
「賢い年金の受け取り方」を考える基本スタンスとして、「繰り下げ受給を念頭に置きつつ元気なうちは働き続ける」という心づもりでいることが、大きなポイントになると考えます。
私が相談を受けている人たちを見ても、完全リタイアされた高齢者より、仕事を続けている高齢者のほうが圧倒的に元気です。働き続けるのは家計に余裕をつくるためだけでなく、仕事を通じた社会参加や心身の健康を維持することにも役立ちます。
生涯に受け取る年金額が、自分が払い込んだ金額よりも上回れば勝ち/下回ったら負けという損得勘定よりも、充実した老後生活を送れることが最も重要です。そのためにも、まずは、65歳まで働き続ける。そして、「年金に頼らずとも、現在の生活水準が維持できそうだ」となったら繰り下げ受給を申請し、将来働けなくなったときに受け取れる年金を増やす。こうすれば、資産の取り崩しを抑えながら、老後の生活を安定させることができます。
特に自営業やフリーランスの場合、国民年金を少しでも増やさなければ月々の生活を十分に賄うことは難しい。働けなくなった後に向けて資産を築いておくという観点からも、少しでも長く働いて繰り下げ受給を選択できるようにすべきでしょう。
病気で働き続けるのが難しくなる場合も考えられます。それでも繰り下げ受給を選ぶべきかと言えば、そんなことはありません。
「全国高齢者パネル調査」によると、60歳以降に自立度が急激に低下する人が男性では19.0%でおよそ5人に1人、女性では12.1%でおよそ10人に1人となっており、元気な状態から急激に状態が悪くなる可能性があります。
収入や取り崩せる資産がなく、働き続けるのも難しい状況であれば、繰り上げ受給を選ばざるをえません。独り身の場合は、安定した収入を確保することが最優先。繰り上げ受給をためらう必要はありません。
夫婦の場合は、揃って繰り上げ受給するよりもいい受け取り方があります。前述の通り、基本的には女性のほうが平均余命は長い。まずは夫の年金を優先的に受け取るようにし、長生きをする可能性が高い妻の年金は、可能な限り受け取りを遅らせ、増額させるのがいいでしょう。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年1月3日号)の一部を再編集したものです。
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黒田 尚子(くろだ・なおこ)
ファイナンシャルプランナー
CFP認定者、1級FP技能士。一般社団法人「患者家計サポート協会」顧問、城西国際大学・経営情報学部非常勤講師もつとめる。日本総合研究所に勤務後、1998年にFPとして独立。著書に『親の介護は9割逃げよ 「親の老後」の悩みを解決する50代からのお金のはなし』など多数。
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ファイナンシャルプランナー 黒田 尚子 構成=渡辺 一朗