道東を恐怖と混乱に陥れた「牛を襲うヒグマ」の正体とは? ハンターの焦燥、酪農家の不安、OSO18をめぐる攻防ドキュメント『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』。
【写真】人間の罠をギリギリのところですり抜けてゆく…OSO18が持つ“未知の力”
追うハンター、痕跡を消すヒグマ、そして被害におびえる酪農家の焦燥をつづり、ヒグマとの駆除か共生かで揺れる人間社会と、牛を襲うという想定外の行為を繰り返した異形のヒグマがなぜ生まれたのか、これから人間は変貌し続ける大自然とどう向き合えばいいのか。『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』から連載形式でご紹介!
山の神を「怪物」に変貌させたのは大自然か、それとも人間か?
25秒の映像
藤本がOSO18に迫る傍らで、別の場所から決定的な映像がもたらされた。25秒にわたるOSO18の映像が捉えられたのだ。記録したのは、標茶町役場の宮澤匠たちが森に設置してきたトレイルカメラだった。
藤本への取材が思うように進まない中でも、役場への取材は継続していた。宮澤たちは、OSO18がどこにいるかをつかむために、自動撮影機能があるトレイルカメラを追加購入し、町内15ヵ所に設置していた。ヒグマ特有の、木に背中をこすりつける「背こすり」と呼ばれる習性をいかして、木に有刺鉄線を巻いてヒグマの体毛(ヘア)を採取し、その様子をカメラで姿を捉える。「ヘアトラップ」と呼ばれる、学術調査でも用いられる手法だった。
作業は手間がかかるうえに、きわめて地味だった。森の中の沢に分け入り、草が生い茂る泥濘(ぬかるみ)を進む。ヒグマが好むミズナラやハルニレを見つけて有刺鉄線を巻き、おびきよせるために防腐剤クレオソートをかける。そばには、ヒグマの大きさの目安となるポールを立て、その2本を見渡せる位置にある木に、カメラをくくりつける。
設置すれば終わりではない。最新のトレイルカメラには、撮影するとメールで知らせてくれる機能がついているが、ほとんどが圏外だったため、定期的に足を運んで、確認しなければならなかった。それでも、DNAでOSO18だと確かめることができれば、外見的特徴を明確につかむことができる。複数の場所で成功すれば、連続的な行動の把握につなげられる。それが、ようやく実を結んでいたのだった。
宮澤によれば、OSO18の映像は25秒。撮影されたのは、8月9日の夜20時22分、場所は標茶町茶安別だった。8月19日に、映像を記録したメモリーカードと体毛を回収して体毛を道総研に送付し、9月25日になって、その体毛のDNAがOSO18のものだと判明した。
25秒の映像で、画面左手からやってきたOSO18は立ち上がって背こすりを行い、右手のほうに去っていった。夜のため、映像からは毛の色や艶まではわからなかったが、大きさは明確だった。設置時に作業していた宮澤たちの身長やポールとの比較で、立ち上がって2m25cm。オスのヒグマの成獣としては普通のサイズだ。決して巨大ではなかった。
すべての特徴が、藤本の推理に、ピタリと一致していた。