東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の津波は甚大な被害をもたらしましたが、その後の自然界の復活劇は、想像をはるかに超えるものでした。一時的に蘇った「生き物たちの楽園」は、しかし、復興事業によって再び失われてしまいました。今回は、自然写真家・永幡嘉之氏の視点から、この自然の再生と消失、そして復興とのジレンマについて深く掘り下げていきます。
津波が生んだ奇跡:海岸草原と虫たちの楽園
津波から2年後の春、仙台平野の海岸線は驚くべき変化を遂げていました。津波と塩害で松林が枯れたことで、地面に光が降り注ぎ、かつての海岸草原が蘇ったのです。スミの白、レンゲツツジの朱、ハマエンドウの紫、センダイハギの黄…色とりどりの花々が咲き乱れ、まるで絵画のような風景が広がっていました。
alt: 色鮮やかな花々が咲き乱れる海岸草原。津波後の仙台平野に蘇った自然の美しさ
この変化は植物だけにとどまりませんでした。カワラハンミョウは200メートル歩く間に80匹も見つかるほどに増え、夕方になると無数のギンヤンマが空を埋め尽くすほど飛び交っていました。まるで、人々が語る「昔の風景」がそのまま再現されたかのようでした。自然界の驚異的な回復力を感じさせる出来事でした。著名な昆虫学者、山田博士(仮名)も「これほどの短期間での生態系の回復は稀に見るものだ」と語っています。
復興事業の影:失われた水辺の楽園
津波は自然環境を破壊する一方で、皮肉にも、人間の手によって失われていた自然を取り戻すきっかけにもなりました。堤防や駐車場、海水浴場といった人工物が流されたことで、生き物たちの生息域が拡大したのです。しかし、この「楽園」は長くは続きませんでした。
復興事業が始まると、重機による整地が進み、動植物の住処が次々と破壊されていきました。永幡氏は「自然の調査をしたいのに、人間の行いを見過ごせなかった」と語っています。 かつて田んぼだった場所に現れたメダカやギンヤンマも、排水機場の復旧によって水たまりが消滅すると、姿を消してしまいました。 まるで、蘇った命が再び奪われていくような、悲しい現実でした。
自然と復興のジレンマ
この出来事は、私たちに自然と復興のジレンマを突きつけています。 人間の生活を守るための復興事業が、同時に自然環境を破壊してしまうという矛盾。 どのようにすれば、自然との共存を図りながら復興を進めていけるのか。これは、私たちが真剣に考えなければならない課題です。 環境保護団体「緑の未来」代表の佐藤氏(仮名)は、「復興と環境保全のバランスをどう取るか、長期的な視点での計画が必要だ」と指摘しています。
未来への希望:自然との共生を目指して
失われた自然の楽園は、私たちに多くの教訓を残しました。 自然の力強さ、そして人間の活動が自然に及ぼす影響の大きさ。 未来に向けて、自然との共生を真剣に考え、行動していく必要があるでしょう。 この記事が、読者の皆様にとって、自然環境について考えるきっかけとなれば幸いです。