地下鉄サリン事件から30年。今なお記憶に深く刻まれるこの未曾有のテロ事件は、私たちに多くの衝撃と悲しみをもたらしました。今回は、事件発生直後、現場に急行した東京消防庁化学機動中隊の小隊長だった武田信幸氏（仮名）の証言をもとに、当時の緊迫した状況と、最前線で闘った消防隊員の知られざる真実をお伝えします。
緊急出動：異臭騒ぎ？まさかサリンとは
1995年3月20日、武田氏は泊まり勤務のシフトでした。朝の準備中、テレビで地下鉄で異変が起きているというニュースが流れ始めます。まもなく築地駅での爆発火災の通報が入り、部隊にも出動要請がかかる可能性があると告げられました。当時、化学兵器テロに対応する専門部隊「化学機動中隊」の小隊長だった武田氏は、隊員たちに防護服などの点検を指示します。
化学機動中隊員
午前8時半、中野坂上駅への出動指令が下ります。負傷者が出ているという情報と異臭騒ぎという情報から、武田氏は当初、イタズラかガス漏れのような事案を想定していました。
現場の異様な静けさ：不穏な空気
中野坂上駅に到着すると、既に救急車や消防車が到着していましたが、それ以外の混乱は見られず、普段と変わらない駅の風景が広がっていました。通行人は不思議そうな顔で緊急車両を見ているだけでした。この異様な静けさが、武田氏に不穏な予感を感じさせました。
防護服を装着：中隊長の予感
武田氏の部隊は、異臭物質の特定と濃度測定という任務を帯びていました。防護服と空気呼吸器を装着し、隊員同士で装備の確認を行いながら駅構内に入ります。その時、中隊長が「これはひょっとしたら、去年の松本サリン事件と同じような物質かもしれない」と呟いたのです。
防護服を装着した隊員
未知の恐怖との遭遇：サリンと知らずに
構内では、ビニール袋に入った新聞紙から液体が染み出しているのが見つかりました。後にこの液体がサリンであったと判明しますが、当時はまだ正体不明の危険物質という認識でした。武田氏は、自らの手でその袋を運び出しました。「もしサリンだと分かっていたら、素手で触れることはなかった。隊員にも指示しなかっただろう」と、後に武田氏は語っています。
専門家からの見解
危機管理専門家の佐藤一郎氏（仮名）は、「当時の消防隊員は、未知の危険物質に対し、命をかけて対応にあたった。彼らの勇気と献身的な行動は、まさに称賛に値する」と述べています。
30年の時を経て：今も残る葛藤
事件から30年が経ちましたが、武田氏は今でも当時の行動を振り返り、「あれでよかったのか」と自問自答を繰り返していると言います。地下鉄サリン事件は、日本の安全神話を揺るがし、私たちの社会に大きな傷跡を残しました。しかし、同時に、危機に立ち向かう人々の勇気と、人命救助に尽力する消防隊員の献身的な姿も私たちに教えてくれました。
この事件の教訓を風化させることなく、安全で安心な社会を築き上げていくことが、私たちに課せられた使命と言えるでしょう。
