■国民の得票数でもトランプ氏が勝利した
今回のアメリカ大統領選挙は、米国内ではドナルド・トランプ、カマラ・ハリス両候補が伯仲していると大方が予測していたが、ふたを開けてみるとトランプ氏が多くの支持を獲得して当選した。
アメリカ合衆国はその名のとおり、各州の主権を残した統一国家である。大統領は国民全体の投票数で決まると思われがちだが、実際にはそうではない。州ごとの投票で有権者の過半数の票を獲得した候補者が、その州の選挙人を総取りするため、トランプ氏が2016年に選出された際には、対立する民主党のヒラリー・クリントン候補よりも得票数が少なかった。今回、得票数でも勝利した共和党とトランプ政権は、かなり強引な人事、政策案を打ち出しているように見える。
とはいえ、今回の選挙でトランプ氏は約7700万の票を獲得するのにとどまり、20年にバイデン氏が獲得した史上最多の得票数約8100万にはおよばなかった。前回は民主党がトランプ批判の戦術を成功させて、多くの有権者が投票に参加した。その結果、バイデン氏が固定票を多く持つトランプ氏を抑えて当選したが、今回は当時バイデン氏を支持した有権者の一部が投票を棄権したため、トランプ氏の強固な支持層が影響力を発揮し、勝利につながったというのが端的な説明である。
それではなぜ、前回バイデン氏を支持した有権者が投票所に現れなかったのか。それには、トランプ陣営が巧みに大衆扇動の手法を使ったことがあげられる。トランプ候補の勝利にはその型破りの選挙戦術が奏功している。帝塚山学院大学の社会学者、薬師院仁志教授は『ポピュリズム』(新潮新書)の中で、トランプの戦術は、ヒットラーが用いたのと同じく「大衆扇動(デマゴギー)」であり、通常の民主国家に見られる選挙戦術と異なった形をとると指摘する。一般的な選挙戦であれば、自分の政策で国民生活がよくなることを訴えるところだが、扇動家の選挙戦術はそのような形をとらない。
たとえば、移民を敵と見なして「メキシコとの間に壁を造ろう」というスローガンを掲げると、その根拠が嘘であろうと扇動的なメッセージに票が集まる。アメリカに住んで選挙戦を見ていると、「移民がペットを食べる」とか「私はヒットラーの政策の一部を好む」といった事実無根としか思えない暴言がトランプ関係者から発せられる。同書はその戦術的意味をよく説明している。ヨーロッパのファシズムの成立過程の説明にも同書は有益な書物である。
しかしながら、今回の選挙でトランプ氏が、20年に民主党が得た大衆からの指示を奪い返した理由は、単に選挙戦術だけでは説明できない。有権者がトランプ氏を選んだのには、それなりの理由があった。