山田洋次監督「特別講義」が平成20年10月30日、名古屋市の愛知淑徳大学で実現した。監督と向き合うワークショップ(討議)方式で、学生約500人が参加。『男はつらいよ』第1作のハイライトのひとつ、寅次郎の妹さくら(倍賞千恵子)への博(前田吟)の愛の告白部分を映写してから、監督がリードしての討議となった。
さくらを愛する博だが、寅から「あきらめな、脈ねえよ」と言われて失望しつつも、ダメモトで愛を告げて寂しく去ってゆく。さくらが柴又駅に追いかける。電車のドアが閉まる瞬間、さくらも、博を押し込むようにして乗る。ドアが閉まり電車が動きだす-。
その後、2人が愛をいかに確認したかは映画では描かれていない。監督が問いかける。「電車の中で、どんな話をした?想像してしゃべってごらんよ」
口々に答える学生。「お兄ちゃんが言ったことはウソだ」「いっしょに(とらやへ)帰りましょう」「もう1回(愛の言葉を)言って、博さん」。そして「さくらさんはむちゃくちゃうれしかったと思う」というあたりで落ち着く。
監督が「女のセリフを書くときは、女の気持ちになるのよ」とけしかける。男子学生が声色をつかって「博さん、私うれしかった」。もう1人の学生がいう。「ぼくは、あのままホテルへ行っちゃったのかも、と思ってました」(会場爆笑)
監督によると、さくらが帰宅し博と結婚の約束をしたと寅に報告するシーンは、10日後に撮り直している。寅の複雑な喜びの表現がどうしても納得できるものではなかったためで「2秒延ばすだけなのに、また大騒ぎして撮影しなおした」。
監督が寅の心理を解説する。「ああ、妹が俺に許可を求めている、俺がこの子にいったい何をしたのだろうという、そういう寅の後悔と悲しみと、もう一つは喜び」がある。撮り直しで「そういう内面の葛藤をあの画面に表現できた」。
渥美清も再撮影の意味を再考して、役者として何かを得たに違いない。寅さん第1作だったから、渥美はまだ「やったことのない種類の」演技をし、わがものにしたのではないだろうか…。創造の苦しみと喜びを監督は語った。
後日の学生の感想を1つ。「楽しくてほほえましかった。会場の雰囲気全体がなごやか。山田監督は、楽しいものをつくるのに一生をかける人だ。人情味にあふれ、心が温かくなり、いつまでも心に残る映画に、生涯をかけたのだ。映画を通して、人生とは何かを問いかけられているような気になった」
=この項おわり