【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(36)エジプトと寅さん





第41作「寅次郎心の旅路」初日舞台あいさつで、撮影に応じるマドンナ役の竹下景子と渥美清=平成元年8月5日、東京・丸の内

 カイロ大学での「『男はつらいよ』を語る集い」に参加したのは1992年夏。日本に留学中のカイロ大の先生が寅さんファンで、「エジプトでも寅さんは人気」と言っているという。仲介者があって私は彼、アハマド・ファトヒ・ラハミさんと会い、彼が帰国するときに現地で「集い」を開催するということが決まった。

 「日本・カイロ大学文化交流団」が結成され、山田洋次監督に団長就任を要請したが、結果は「交流団」が監督のメッセージを持参することになった。次はその一節。

 「〈寅さん〉映画から、日本人の悲しみや願いがどんなことなのだろうか、ということを、皆さんに理解してほしいと願います。日本人は、本当は簡素で穏やかで、他人に寛容な思いやりにあふれた平和な生活を、心の底では願っている」

 気温40度近いカイロの大学での交流会は、副学部長教授も参加しての討論会になった。交流団は、『男はつらいよ』を「近代化され経済的発展をとげた日本は、半面、人情や精神的ゆとりを置き忘れてしまった。寅さんは、時代遅れだが、物質的な豊かさよりも心の温かさが大事、と日本中を旅している。いつも美女に失恋するシリーズ」と要約して紹介した。

 だが交流会でのエジプトの主張の概略は次のようなものだった。

 寅さんの人情はすばらしい。だがエジプトは近代化達成が課題であり、物質的豊かさを求めて先進国に追いつかねばならない。寅さんは発展に逆行し、進歩を否定する保守主義者ではないか。だがエジプト人は寅さんを理解でき、映画を観賞すると笑って泣く…。

 結局は、近代化と人間性の調和こそが重要、というようなところでまずは落着した。

 最後に、カイロ大学側がアラブ民謡を、交流団が「赤とんぼ」を、全員が混じり合って肩を組み歌った。会場の階段教室には、大学生に人気のある第25作『寅次郎ハイビスカスの花』(主なロケ地=沖縄県)を張ったのだった。

 持参した山田監督メッセージは次のように結ばれている。「寅さん映画をめぐるシンポジウムが、両国の国民の、よりよい社会、より美しい地球を願う、共感の場となることを心から祈ります」



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