ADHD診断の急増:本当に必要な薬は誰に?

現代社会において、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断される子供たちが世界的に増加している現状に、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏は警鐘を鳴らしています。彼は著書『多動脳』(新潮新書)の中で、「真に薬物治療を必要とする子供は全体の3%程度であり、多くの診断は性急すぎる」と指摘しています。一体何が起きているのでしょうか?この記事では、ADHD診断の急増の背景、問題点、そして私たちが持つべき視点について探っていきます。

ADHD診断の爆発的増加:その背景にあるもの

アメリカでは、ADHDと診断される子供や若者の割合が、わずか20年で3%から15%にまで急増しました。一部の州では20%を超え、ミシシッピー州では男子の3人に1人がADHDと診断されているという驚くべき数字も出ています。スウェーデンでも同様の傾向が見られ、2020年には男の子の7.3%、女の子の4.72%にADHDの薬が処方されており、15年前と比較するとそれぞれ4倍、9倍に増加しています。

ADHDの薬を服用する子供の増加傾向を示すグラフADHDの薬を服用する子供の増加傾向を示すグラフ

この急増の背景には、ADHD治療薬市場の拡大という商業的利益が大きく関わっていると考えられます。ADHD治療薬は年間250億ドルもの収益を上げており、製薬会社にとっては薬の販売促進に力を入れる大きなインセンティブが存在します。ニューヨーク・タイムズ紙の報道によれば、ADHD治療薬を製造する全ての製薬会社が「誤解を招くマーケティングを行った」として判決を受けているという事実も、この問題の深刻さを物語っています。

過剰診断のリスク:好奇心とエネルギーを病気にしないために

現代社会では、精神的な問題を抱えていると少しでも感じれば、すぐに診断を受け、薬物治療を受けることが当たり前になりつつあります。しかし、ハンセン氏は、これは「間違った善意」に基づく行動だと指摘します。多くの場合、子供の持つ本来の好奇心や旺盛なエネルギーが、ADHDという発達障害と誤診されている可能性があるのです。

例えば、同じ学年でも誕生日が遅い子供ほどADHDと診断される割合が高いというデータがあります。1月生まれと12月生まれの男子では、ADHDの診断率に40%もの差があるというのです。これは、単に成長の未熟さがADHDと誤解されている可能性を示唆しています。小学校低学年においては、11ヶ月の発達差は非常に大きいのです。

「正常」の範囲を広げる:多様性を尊重する社会へ

私たちは、物事を分類し、理解しようとする本能的な欲求を持っています。初めて出会う人や物事を、既存のカテゴリーに当てはめ、素早く判断することで、複雑な世界をシンプルに捉えようとするのです。そして、現代社会においては、精神医学の診断名がそのカテゴリーの一つとなっています。「あの人はADHDだ」「彼は双極性障害だ」といったレッテル貼りが蔓延し、「正常」の範囲が狭まっている現状に、ハンセン氏は懸念を示しています。

様々な個性を持つ子供たちのイラスト様々な個性を持つ子供たちのイラスト

診断名をつけること自体には何の価値もなく、むしろ現実を歪めてしまう危険性があるのです。診断は、本当に困っている人を助けるための最終手段であるべきであり、安易なレッテル貼りは避けるべきです。私たちが目指すべきは、多様性を尊重し、「正常」のスペクトラムを広く捉える社会ではないでしょうか。

まとめ:ADHDを考える新たな視点

ADHD診断の急増は、商業的利益や私たち自身の分類欲求が複雑に絡み合った結果と言えるでしょう。大切なのは、性急な診断に流されることなく、子供の個性や発達段階を丁寧に理解することです。真に薬物治療が必要な子供を見極め、適切なサポートを提供していくことが、私たち大人の責任と言えるでしょう。