過去のどうしようもない悩みや問題について考えてしまい、思考が進まなくなることは誰しもあるだろう。それが、時間のムダとわかっていてもだ。そんなモヤモヤした悩みを解決する思考法を紹介する。※本稿は、岩尾俊兵『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』(角川新書)の一部を抜粋・編集したものです。
● 「価値創造の民主化」という革命 昭和の経営が世界を驚かせた理由
戦後の日本は戦争に負けて在外資産が凍結され、植民地も失い、国土を空襲され、2度も原子爆弾を落とされ、土地もなく、石油も出ないという、ないない尽くしの国でした。
それでも結果的には、そこからわずか20年ほどで世界第2位の経済大国にまで成長します。1人当たりGDPまで考慮すれば、80年代には、日本は世界で最も豊かな国といえるほどになりました。
戦後日本の急成長を支えたのは国民の脳みそだけでした。国土から石油は出なくても、日本人は1億個の脳みそから価値を生み出していたわけです。そして、この状況を作り出した要因の1つが、筆者が「価値創造の民主化」と呼ぶ経営思想でした。
昭和の日本を代表する企業の経営手法には不思議なほど共通点があります。具体的には温情主義経営、経営家族主義、トヨタ生産方式、ワイガヤ、日本的品質管理、アメーバ経営、QCサークル活動、改善活動、三方よし経営…。
これらには「価値創造の民主化」と表現できる共通の思想が見え隠れするのです。ただし、あくまでこれは理念であって完璧に実現できた会社は存在しないことに留意が必要です。
価値創造の民主化には、(1)顧客・従業員・株主・債権者・取引先・社会・経営者などの利害関係者みんなが仲間として一緒に価値創造に取り組む、(2)価値創造に必要な知識が組織内で幅広く教育され共有される、といった特徴があります。
● エリートが奪い合うアメリカ式VS みんなで豊かになる日本式
価値創造の民主化においては、すべての人がそれぞれの立場から価値創造に貢献する役割を持っています。
・上司の役割は部下の価値創造の障害であるムダな仕事を取り除くこと
・顧客の役割は、製品の価値を理解し消費を通じて経営の原資を提供すること
・経営者の役割は豊かな共同体を永続させるべく次の経営者を育てること
・従業員の役割は次の経営者候補として仕事に責任を持って取り組むこと
・株主の役割はアイデアと能力を持つ人の資金不足を乗り越えさせること
・重鎮の役割は後進の成長を自分事として喜び、経験知を後世に残すこと
・政府の役割は国内インフラ整備と外交で企業成長の制約を取り除くこと
すなわち、仕事を楽しく作り替え、生産性も上げる人が産官学のリーダーとして尊敬される社会に向かうのが価値創造の民主化でした。「みんなで豊かになる」という発想です。
日本の資本主義の父・渋沢栄一も「一個人がいかに富んでいても、社会全体が貧乏であったら、その人の幸福は保証されない。その事業が個人を利するだけでなく、多数社会を利してゆくのでなければ、決して正しい商売とはいえない(『渋沢栄一自伝 雨夜譚・青淵回顧録(抄)』〔角川ソフィア文庫〕)」と説いていました。
価値創造の民主化は「誰もが価値を生み出せる」という前提に立っています。だからこそ、多人数に薄く広く経営教育をおこなっていきます。そして、価値は好きなだけ生み出せばいいわけですから、報酬も比較的平等に配分していきます。
これに対して、典型的なアメリカ式のMBA教育は、価値創造の主役をエリートに限定して、少人数に深く経営教育をおこなうわけです。そこでは希少な価値を奪い合うための経営戦略論が教えられ、価値創造からの報酬はエリートが独占しました。