東京都で本マグロが年間40トンも水揚げされるようになっている。何が起きているのか。時事通信社水産部の川本大吾部長は「太平洋の本マグロ資源が回復し、離島でマグロが獲れるようになった。1キロ当たり2500〜4000円の競り値で取り引きされ、有名産地に引けを取らない」という――。
【写真】三宅島と八丈島産の本マグロに添付している「東京まぐろ」のステッカー
■東京都の漁業生産量はピーク時の4分の1に減少
マグロといえば、青森県・大間をはじめ、北海道の戸井、宮城県の気仙沼、和歌山県の那智勝浦といった産地が有名だ。ここに割って入るべく、日本の首都・東京で獲れた「天然・生の本マグロ」をブランド化しようという動きが出ている。
東京都の特産品といったら、農産物では谷中ショウガや練馬ダイコンなどが「江戸東京野菜」として知られている。一方、魚はというと、これといって浮かばないのではないだろうか。
東京都に漁業のイメージがあまりないのは無理もない。「江戸前の魚」と称されるアナゴやスズキなどは、主に千葉県や神奈川県内で水揚げされている。
都の漁業といえば、かつては東京湾で盛んにノリ養殖が行われていた。そのほかにもテングサなどの海藻類を中心に、年間の漁業生産量は1988年までおおむね1万トンを超えていた。だが高度経済成長期の水質汚染により“海の砂漠化”と呼ばれる「磯焼け」が進行したり、埋め立てによって漁場が縮小したりしたことから、海藻類の生産は激減。2022年の漁業生産量は約2300トンと、ピーク時の4分の1以下に激減している。
■太平洋の本マグロがよく獲れるようになった
漁業で稼げなければ当然、漁師は減っていく。1988年に約1900人いた東京都の漁師は、2023年には約820人と、25年で半分以下に減少。そのうち60歳以上が全体の37.0%を占めており、高齢化も進む。都の漁業は衰退の一途といえる。
こうした中で、にわかに出現したのが「海のダイヤ」の異名を持つ本マグロだ。
本マグロは、太平洋ではかつて資源が減少傾向にあったため、国際管理機関である中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)が関係国の漁獲枠を削減。この保護策が奏功し、親魚をはじめマグロ資源が増加してきた。これに伴い、2024年のWCPFCの年次会合では、30キロ以上の大型魚の漁獲枠が50%拡大された。
WCPFCの見立て通り、太平洋の本マグロ漁獲は近年、好調に推移。これまでマグロの産地としてまったく知られていなかった東京にも波及している。
■島嶼部での年間水揚げ量が4倍に増加
「いったい東京のどこでマグロが陸揚げされているのか」と思う向きもあるだろう。
都内で本マグロが相次いで陸揚げされているのは、23区など内陸部ではなく、東京湾のはるか南、八丈島や三宅島、神津島などの伊豆諸島である。
都に属する離島での大型本マグロの水揚げ量は、2017年まで年間10トンに満たなかった。しかし太平洋での本マグロ資源の増加により、近年は40トンほどに増加している。
伊豆諸島で大型本マグロが盛んに水揚げされるようになったことで、首都圏の台所である豊洲市場(江東区)でも、「東京産本マグロ」が次第に頭角を現してきた。ブランドマグロとして名高い青森県大間産などには及ばないものの、「伊豆諸島から上質のマグロが入荷することが増え、徐々に存在感を増している」と豊洲のマグロの競り人は話す。
時事通信社水産部の調査によれば、今年の4月12日、同市場に入荷した天然・生の大型本マグロは36本。このうち、伊豆諸島産は計17本と半分近くを占めた。競り値は1キロ当たり2500〜4000円で、宮城県の塩釜港や和歌山県の那智勝浦港で揚がった本マグロと肩を並べるほどの存在となった。
有名産地の本マグロと比べても決して引けを取らないレベルで、「伊豆諸島産のマグロが、都内高級すし店で貴重なネタとなることも珍しくない」(豊洲・仲買人)という。