<SNSでの扇動的メッセージで若年層からの支持を集めたジョージ・シミオン氏。政治腐敗や経済危機への怒りを背景に躍進したが、最後はトランプに足を引っ張られる形に>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]やり直しとなったルーマニア大統領選の決選投票が18日投開票され、中道・親欧州連合(EU)派の首都ブカレスト市長、ニクショル・ダン氏(55)がEU懐疑派の民族主義者ジョージ・シミオン・ルーマニア人統一同盟(AUR)党首(38)に勝利した。
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1回目投票ではシミオン氏が41%とダン氏(21%)の倍近い票を取ったが、決選投票ではダン氏が中道や左派の支持を集めて54%とシミオン氏(46%)を大逆転で退けた。シミオン氏はドナルド・トランプ米大統領の盟友とされる。
カナダ、オーストラリアに続き、ルーマニアでも土壇場で「反トランプ」の風が吹いた。
やり直し大統領選は、親露派で反北大西洋条約機構(NATO)の極右ナショナリスト候補カリン・ジョルジェスク氏がSNSを効果的に使って1回目投票で首位に立ったものの、ロシアによる選挙介入疑惑が浮上したため、ルーマニア憲法裁判所が選挙を無効とした5カ月後に行われた。
■若く教育を受けた労働者は他のEU加盟国に流出
ダン氏は「ルーマニアの復興は明日始まる。希望の瞬間だ。今日の選挙では根本的な変化を求めるルーマニア人のコミュニティーが勝利した」と宣言。これに対し、シミオン氏は当初「私こそルーマニアの新大統領だ」と主張、「いかなる選挙不正も許さない」と強弁した。
やり直し大統領選の1回目投票で親欧州統一候補が3位に終わり、決選投票に進めなかったことからルーマニアのマルチェル・チョラク首相が辞意を表明。彼が率いる社会民主党(PSD)が離脱したことから親欧州連立政権が崩壊するなど、ルーマニア政治はカオスに陥っていた。
ルーマニアで極右のAURが台頭する理由は経済、社会、政治、歴史が複雑に絡み合う。若く教育を受けた労働者が他のEU加盟国に流出する一方で、取り残された農村部や低所得層の貧困が既存政党への不満を充満させ、コロナ後のエネルギー危機と生活費危機で一気に爆発した。
■「TikTokポピュリスト」の異名を取るシミオン氏
共産主義体制崩壊後、常態化する政治腐敗により既存政党の信頼は失墜。ルーマニアでは正教会が大きな影響力を持っているため、AURは「伝統的な家族の価値観」を掲げ、性的マイノリティーLGBTQ+の権利、EUの干渉に反対するキャンペーンを展開した。
シミオン氏は「TikTokポピュリスト」の異名を取り、SNSで扇動的メッセージを発信。神・国家・家族といった価値観を強調する動画を拡散し、テレビや新聞ではなくSNSを情報源にする若年層をターゲットに「祖国を救うヒーロー」として自己を演出した。
汎欧州のニュースメディア「Voxeurop」のルーマニア人常連投稿者アニタ・ベルナッキア氏は「ルーマニアには共産主義体制崩壊後も民族主義政党が存在した。AURには1930年代のルーマニア・ファシズムへのノスタルジーがある。それが今回、表面化した」と指摘する。
■共産主義後のルーマニアに失望する有権者
イタリア、ドイツなど他のEU加盟国に移住した人々は1回目投票で7割強がシミオン氏に投票した。「共産主義後のルーマニアで自分の道を見つけられずに国を去った人々が多い。つまり共産主義後のルーマニアに失望したと言えるだろう」とベルナッキア氏は言う。
同じくルーマニア人ジャーナリストのクラウディウ・ポップ氏は「極右の台頭は政治的無能、汚職の横行、大都市圏以外での劣悪な生活水準が原因だ。SNSのアルゴリズムによって形成されるエコーチェンバーがこうした極右支持を増幅させている」と分析する。
「シミオン氏は『ルーマニアでトランプ政権とつながりがあるのは自分だけ』と言い、MAGA(米国を再び偉大な国に)運動のスティーブン・バノン氏にも会っている。シミオン氏が米国の有力者やトランプ政権関係者に会うのに15億〜16億ドルを支払ったとされる疑惑もある」
「ルーマニアがEUとの協力を減らせばEUの経済力が削がれ、トランプ氏にとって有利になるとの考え方もあるのだろう」とポップ氏は語る。しかし司法の介入とトランプ氏に迎合するよりEUの道を進むしかないという決意が極右大統領の誕生をすんでのところで食い止めた。