四方を海に囲まれた島国・日本。その海を守るのは『海上自衛隊』と信じていた筆者の前に突然、記事でコメントをよくいただく伊藤俊幸氏はこう言った。
伊藤「ふたつあるんですよ、海上自衛隊と海中自衛隊が」
小峯「海中?」
伊藤「潜水艦部隊のことです」
筆者はそのひと言から、2年を費やし『我ら海中自衛隊』(並木書房)を執筆した。
伊藤氏は、現在は金沢工業大学虎の門大学院教授であるが元海将であり、海上自衛隊潜水艦「はやしお」の艦長も務めた。そこで、著作の取材中に知り得た潜水艦内部の話を、伊藤氏へと確認取材を試みた。
* * *
――海中自衛隊5隻の潜水艦を取材しましたけど、自分が感じたのはまさに海中の楽園、海中家族、海中仲間の絆、ということでした。なぜあのような素晴らしい共同体が実現するのですか?
伊藤 まず、お互いにあんまり人を責めないでしょ?
――そうなんですよ。
伊藤 自衛隊だから階級社会のはずなんだけど、人間関係がフラットでしょ?
――まさにそうでした。なぜですか?
伊藤 潜水艦乗組員70名がある意味、運命共同体。潜水艦は艦内で誰かひとりでも間違いを犯したたら、全員死んでしまうからね。
――何度も「俺たちは一蓮托生だから」という言葉を聞きました。
伊藤 そう。そうならないために、まず潜水艦教育訓練隊で「Know your Boat」(自分の潜水艦を知れ)の概念が徹底される。そのためには三大動力系統など、潜水艦のすべてについて勉強するんです。
幹部も隊員も関係なく、レベルの差はあるけど、前から後ろまで潜水艦の中身を全て知っている。何かあったら誰でも対応できるように、潜水艦の全てを把握している。
――はい、まさに各部所、全てのサブマリナーに取材しましたが、全てご存知でした。
伊藤 水上艦は縦割りで、エンジンはエンジン、ミサイルはミサイル、大砲は大砲、魚雷は魚雷と担当が分かれている。だから、その部分の専門家はいっぱいいるけど、全てを知っている人はいない。
つまり、ミサイルだけを学んだ人が艦長になると、ソーナーを使っての潜水艦との戦い方を知らないということです。しかし僕ら「海中自衛隊」は逆。全員が潜水艦の前から後ろまで全部知っている。
――潜水艦教育訓練隊を卒業すると。それから何をするんですか?
伊藤 その後は艦に乗り組んでの実習期間に入ります。幹部も隊員も、最初はふたり一組でツナギを着用しています。
――それはなぜですか?
伊藤 潜水艦内のパイプは隔壁で区切られているんですよ。ふたり一組になって這いつくばって、双方からガンガンと叩いてどのパイプかどこに繋がっているかを確認する。同時に、バルブの位置も覚える。
――パイプやバルブは2800ヵ所のパーツがあると聞きました。
伊藤 そう。それで、幹部の場合は計一年間実習して、実技試験とペーパーテストを受ける。そして艦長と隊司令から「合格」と認定されるとドルフィンマークがもらえる。だから、伊達(だて)や酔狂ではこのマークはつけられないんです。
――それが、サブマリナーの証であるドルフィンマーク。
伊藤 だから、みんなお互いをリスペクトし合っている。潜水艦内のバルブを見るとわかるんだけど、それぞれ担当する責任者としての幹部と担当者の名前が記されているんですよ。その担当は、だいたい海士長です。
――ペイペイと呼ばれるそんなに偉くはない隊員ですね。
伊藤 そう。潜水艦以外の舞台では普通はあり得ないんでしょう。でも、そういう関係性による信頼感の中に成り立っているからこそ、上だの下だの関係がない、フラットな間柄になる。単にいい奴という感情論的なものではなく、経験とスキルに裏付けされた仲間意識があるということだと僕は思っています。
――だから、あの海中家族の関係になれる、と。