25年春のNHK連続テレビ小説『あんぱん』のモデルであり、子どもたちに愛され続けているキャラクター「アンパンマン」の生みの親である、やなせたかしさん。新聞記者、宣伝部デザイナー、編集者、放送作家、舞台美術、作詞家など多分野で活躍し、1973年に代表作である『あんぱんまん』の絵本を出版。苦しい時もユーモアと好奇心を忘れなかった著者が、前向きに生きる秘訣を語る著書『何のために生まれてきたの?』(PHP文庫)より一部を抜粋して紹介します。
明日の『あんぱん』あらすじ。寛が亡くなり、悲しみに暮れる柳井家。涙を流す嵩にのぶがそっと差し出したのは…<ネタバレあり>
* * * * * * *
◆少年時代
——僕は、おとなしい子どもだったんですよ。前列に出たがる子と、後列にいたい子がいますね。僕は後列にいたい、目立ちたくないという性質で、僕のむかしを知る人には、「すごくはにかみ屋だったのに変わったね」と言われます。
弟がいて、弟はとても明るい性格だったんですけど、僕はちょっと暗めだった。容貌に対する劣等感とか、いろいろなものがあって、あまり人前に出たくないという気持ちが強かったんです。どちらかというと、一人で遊んでいるタイプ。絵を描いたりして遊んでいることのほうが多かったですね。
でも田舎で育ったのでやっぱり、その辺の野っ原を飛び歩いたり、木に登ったり、川で泳いだりはしましたけど。つらいこともあったけど、絵を描いている時はうれしくてね、絵を描いていることで救われたというかな、……そういうことじゃないのかな。
◆寂しくて、つらかったこと
つらいことがあったというのは、どういうことだったんですか。
—─父は、僕が5歳の時に亡くなったんです。それからしばらく母と暮らしていたんだけど、母が再婚するのでおじの家に預けられたんですよ。
おじは内科小児科の医者をしていて、とてもいい人だったんですけども、それでもやっぱり、ほんとの自分の父親がいない、母親もいないというのは、ちょっと寂しいんですよ。思いっきり甘えたいのに、その時にいないということですから。
それで遠慮がちになるんですね。お金をあまり使わせちゃ悪いとか、考えるようになるわけ。他のうちへ行くと、お父さんと一緒にいろいろやっているけど、うちにはそれがない。それがちょっと、つらかったですね。
でも僕は絵を描いたり、本を読んだりするのは好きだったんで、それでなんとか、寂しさから救われたんじゃないのかなと思います。とにかく本は、よく読んでいました。