川崎市で起きたストーカーによる死体遺棄事件、いわゆる川崎ストーカー事件での容疑者は、一般的なストーカー像から外れるものではなかった。
粗暴な若い男が、元交際相手につきまとい続ける、というものだ。
ただ実際のストーカーは、老若男女を問わないし、社会的地位、経済的な状況もさまざまである。500人を超えるストーカー加害者と向き合ってきた、カウンセラーの小早川明子氏(NPOヒューマニティ)は、加害者側の心理を知ることが、事態を悪化させないために必要だと説く。実際のストーカーはどのような人たちで、どういう思考回路を有しているのか。そこを理解することで、加害者の気持ちに変化をもたらすという。
小早川氏の著書『「ストーカー」は何を考えているか』をもとにいくつかの実例を見てみよう。1回目の今回は、傍目には恵まれたキャリアを積んでいる女性がストーカーと化したケースである(全3回の1回目)
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急反転する愛憎
お前の人生もめちゃくちゃにしてやる──そう言われた被害者がどれほどいることでしょう。ストーカーは、相手の成功を妬(ねた)み、阻止しようとする。相手が相手らしく生きることを邪魔するのです。
彼らは、相手が自分のテリトリーにいるうちは、「こんな素敵な人が私の恋人なんだ」と相手の美徳を自分の一部のように感じ、満足しています。しかし、一旦そこから出て行かれるや、急激に気持ちを反転させるのです。
あたかも自分の財産が根こそぎ奪われたようで、自信を失い、パニックに陥る。相手を罵り、中傷をネットに書き込み名誉を毀損しても、「どうせ大した奴じゃなかった。同じように泥まみれになればいい」と自分を納得させようとします。
そうした反動的な攻撃を恐れる被害者は、なるべく目立たずに生きようとします。
「出世すると画面に名前が出てしまうから、昇格しないようにしている」というテレビプロデューサーもいれば、「結婚が知られたら幸せだと思われる。だから入籍はしない」と決めている女性もいました。
けれど、自分の能力や幸せの制限は本来の人生をゆがめることで、これこそ本当のストーカー被害ではないかと私は思います。
外出中も、駅や電車の中で相手の姿を探してしまう。夜、ベッドに入っても、職場を失う、家庭を壊されるのではないか、と不安と緊張の連続で神経をすり減らす。
緊急措置として転職や引っ越しが必要になる場合はあるとしても、馴染んだ職場や地域を喪失するのはまったく不当なことです。
そもそも生きるということは生命を維持するだけでなく、その人らしい人生を生きることです。
私の会った被害者も、そして加害者も、「こんな自分は本当の自分ではない」と悩んでいました。特に加害者は、「世間並みに成功していない自分など、本来の自分ではない」と考えます。「成功しそうにない」という焦り、「成功しているのに」という不満や疑念が抑えられなくなると自暴自棄になるのです。
自分が「成長」することに対しては関心も意欲もない。「成功」への露骨なこだわりがあるだけで、しかもその成功とは非常に個人的なもので、仕事やお金、恋愛や結婚はあくまで「自分が世間並みになる」、「ほめられる」ための手段としてしか考えられません。
それが得られないと、「自分も他人も信じられない、誰も自分を分かってくれない」という被害者意識を持つ。ストーキングの心理的背景には、必ず被害者意識があります。
最近は「安心・安全」優先という人が多くなりました。加えて、快適でないと生きられないという人も増えています。しかし本来、人生は不安と不快に満ちたものです。