「日本の制度が早く変わることを祈っているよ」―。2024年2月、アメリカ議会取材に必要な記者証を旧姓で申請したところ、パスポートに記載された名前(戸籍姓)でしか認められないとして却下された。日本の戸籍制度について説明し、記者としてのキャリアでは一貫して旧姓を使ってきたと訴えたが、議会職員にかけられたのが冒頭の言葉だ。
1996年に法相の諮問機関・法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を答申してから約30年。別姓を求める声は海外出張や海外赴任した日本人の間でも広がる。仕事で使う旧姓と戸籍姓が異なり、トラブルに遭うケースが後を絶たないためだ。性別や婚姻状況にかかわらず全ての人が自由に世界で活躍するため、そろそろ決着をつけるべきではないだろうか。(共同通信ワシントン支局=比嘉杏里)
▽本人確認できません―ビジネス業界で信頼性が低下する
世界最大級のビジネス特化型SNS「リンクトイン」。アメリカをはじめ世界中で10億人以上が自身のプロフィルや実績を登録し、人脈づくりや情報交換、転職活動に利用している。ワシントンのシンクタンクに在籍する日本人女性はある日、リンクトインが推奨する方法では、自身の「本人確認」をできないことに気がついた。本人確認には政府が発行する身分証明書(ID)が必要で、海外では旧姓によるID取得が非常に難しいためだ。女性は仕事では旧姓を使用しているが、アメリカで就労に必要な社会保障番号(SSN)や代表的なIDである運転免許証は戸籍姓でしかつくれない。
リンクトインでは本人確認を済ませると「確認バッジ」と呼ばれる印が付く。印がない個人の掲載情報は、当然のことながら信頼度が下がる。
女性は「海外では旧姓は単なるニックネーム扱いだ」と指摘する。ビジネス関係者や政府関係者、研究者らが集まる大規模イベントでは政府発行のIDを見せないと会場に入れないと事前説明があり、万が一入場できないリスクを恐れ、もやもやする気持ちを抱えながら戸籍姓で参加登録した。「仕事を続ける限り、ずっとこの問題がまとわりつくんでしょうか。女性だけではなく、妻の姓に変えた男性も困っているはずです」
▽詐欺を疑われ銀行口座が停止寸前
海外での仕事で旧姓を使う人の苦労話は枚挙にいとまがない。旧姓では仕事を続けられないのではないかとの不安や、虚偽の申請をした訳でもないのに不審な目で見られる屈辱を表現するのは難しい。
筆者は2023年8月、ワシントンに赴任した。渡米の際、パスポートを旧姓併記に変更。Iビザと呼ばれるジャーナリスト用のビザにも「Also Known As(~としても知られる)」とただし書きを付けて旧姓を入れてもらった。それでも一歩海外に出ると「旧姓」には法的効力がないと何度も思い知らされた。