〈神の手〉と呼ばれたアマチュア研究家にだまされたことで信用を失った「日本の考古学研究」→失敗を糧に「研究者同士で議論し合う」健全な姿になれたワケ


【衝撃写真・・・】精神を病んだのち「斧で指を切り落とした」という報道も〈神の手〉と呼ばれたアマチュア研究家(現在75歳)の写真を見る

 今から25年前、〈神の手〉と呼ばれたアマチュア研究家の「旧石器発見」の捏造を許してしまった、北海道新十津川町の〈旧石器時代遺跡〉の発掘責任者である長崎潤一さん(当時39歳)。この事件によって、日本の考古学研究の信用は地に落ちる。しかし「いかにダメだったか」が浮き彫りになったことで、研究者全体の意識が変わる流れも生まれる…。「旧石器捏造事件」が後世に与えた影響とは? そして、その後の長崎さんの人生とは? 読売新聞の人物企画「あれから」をまとめた新刊 『「まさか」の人生』 (読売新聞社「あれから」取材班著、新潮新書)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 最初 から読む)

◆◆◆

多くの不審点、検証に2年

 東北旧石器文化研究所の鎌田俊昭理事長から第一報が入ったのは、2000年11月4日の深夜。藤村氏の「石器発見」が捏造だったことをつかんだ毎日新聞から取材が入ったという。

 それから数時間後。同紙の5日付朝刊には、藤村氏が、宮城県の「上高森遺跡」で石器を埋めている一部始終が、現場で撮影された画像とともに報じられていた。

 当初、捏造は上高森と、総進不動坂の2か所だけとされていた。長崎さんは北海道の別の場所でも藤村氏と共同調査していたが、この時はまだ、「これ以上の捏造はないだろう」と考えていた。そう信じたかった。

 だが数日後、長崎さんは、母校・早稲田大学の先輩で、北海道教育委員会の文化財保護主事だった田才雅彦さんに呼び出される。札幌駅前の居酒屋に座るなり、田才さんは言った。

「お前はグルか、バカか、どっちだ。世間はどっちかとしか見ていない」

 長崎さんが「グルではない」と言い返すと、田才さんは諭した。

「それなら、私がバカでしたと謝れ。そうじゃなきゃ、誰もお前を信用しない」



Source link