【ワシントン=大内清】米外交専門誌フォーリン・アフェアーズは2日、5月に死去した知日派の米国際政治学者、ジョセフ・ナイ氏の遺稿をウェブサイトで発表した。ロバート・コヘイン米プリンストン大名誉教授との連名で執筆された論文は、第2次トランプ政権の威圧的な関税・外交政策が米国の影響力を支える「ソフトパワー」を傷つけていると批判し、「米国の世紀」の終焉(しゅうえん)を警告した。
ナイ氏とコヘイン氏は1977年の共著『パワーと相互依存』で、国家間の相互依存関係が国際秩序の形成・維持に果たす役割を巡って新たな視点を切り開いたと評価されている。
ナイ氏らは『長い米国の世紀の終焉』と題した今回の論文で、広範かつ強硬な関税政策によって有利な立場から他国を威圧するトランプ大統領の手法は「根本的に非生産的」だと指摘。第二次大戦後、世界的な相互依存関係の中で米国が主導し、恩恵を受けてきた国際秩序の弱体化を加速させるものだと論じた。
なぜ自滅的ともいえる政策を追求するのか。それは「トランプ政権がパワーの重要な側面を見落としている」からだという。
他国に望ましい行動を取らせるには、武力や制裁などの「威圧」や金銭などによる「報酬」といったハードパワーに加え、「魅力」によって相手を引きつけるソフトパワーが必要だ。米国のソフトパワーは、文化的影響力や途上国支援、気候変動や感染症対策などのグローバルな課題でのリーダーシップ、民主的規範や人権をはじめとした価値観の拡大によって支えられてきた。
しかし、トランプ政権は発足後、途上国支援を担う国際開発局(USAID)を実質的に解体し、気候変動対策の国際的枠組み「パリ協定」や世界保健機関(WHO)から離脱。国務省で人権外交をつかさどってきた部署などの閉鎖も相次ぐ。
こうした点から論文は「トランプ政権の政策は民主主義の拡大を妨げる」と予測。米国の力の重要な源泉の一つであるソフトパワーをなおざりにするトランプ氏の手法は「長期的には敗北する戦略」だとした。
同誌によると、論文はナイ氏が死去した5月6日以前に完成し、遺族が発表を許可した。7日1日発行の同誌7/8月号に掲載される。