昭和の時代に数多く生まれた個人経営の喫茶店も、時代の流れとともに減りつつあります。
けれど――喫茶店に漂う独特の心地よい空気感は、そこで過ごした人々の記憶の中に今も静かに残り続けます。誰にとっても、心に残る思い出の喫茶店があるのではないでしょうか。
そんな喫茶店を愛する一人のライター・コトリスが、一杯のコーヒーをきっかけにマスターの人生や常連客の思い出など、店の背景にある物語をたどっていく本連載。街の喫茶店に息づく「人と店の物語」を記録していきます。
記念すべき第1回は、大阪・蛍池の「珈琲家族 可輪亜居(かわあい)」を訪ねました。(全5回)
■2025年6月に創業39年を迎える「珈琲家族 可輪亜居」
喫茶店が好きで、全国各地の喫茶店を探訪している。訪ね歩くうちに気付いたのは、その街にあり地元の人たちの憩いの場になっている“ふつうにいい喫茶店”が特に好きだということ。
今回紹介する「珈琲家族 可輪亜居」は、まさに私の思い描く“ふつうにいい喫茶店”。2025年6月に創業39年を迎える喫茶店で、マスターとお客さんの醸す空気感にいつ行ってもほっとくつろいだ気持ちになれる。
【画像を見る】「珈琲家族 可輪亜居」のサイフォンで淹れるコーヒーや30年前からあるツナゴボウサンド750円はこんな感じ
平日の14時すぎ、昼のピークタイムを過ぎた時間帯に訪れると、テーブル3席、カウンター10席のほどよい広さの店内は、数名の客で埋まっていた。カウンターの向こうでは蝶ネクタイを締めた店主の河合敏男さん(75歳)が機敏に働いている。
蝶ネクタイは、河合さんにとっていわば“仕事着”のような存在。付けることで、気持ちがシャンとして仕事モードに切り替わるのだとか。
店内には、黙々と勉強する学生や、スポーツ新聞を読みに来るのが日課の男性もいれば、河合さんと会話を弾ませている旅行で立ち寄った観光客もいる。
それぞれが思い思いの時間を過ごす空間は、まるで家の茶の間のようだと思った。
屋号の“珈琲家族”からも想像がつくが、店主の河合さんは「家族的なコミュニケーションの輪」を大切にしている。
「近所の人とざっくばらんな話ができる喫茶店が僕の理想でした。30年以上通ってくれているお客さんも多いんです」