令和のコメ騒動が起きている。今年5月初旬のスーパーでの平均価格は精米5kgあたり4214円で、前年同時期の約2倍に達したという。政府の対応は後手に回り続け、ようやく備蓄米の放出を開始するものの、なかなか価格は下がらない。
そもそもこの国では、自民党と農協が結託してコメの値段を調整してきたという経緯がある。農家に「コメを作らないこと」を奨励し、多額の補助金を払ってまで、生産量を減らしてきた。同時に関税を異様に高い割合に設定し、海外のコメが日本市場で流通するのを防いできた。
何でこんな社会主義みたいな政策がまかり通ってきたのか。自民党にとって農村票が重要だったからだ。もし自由競争に任せて価格が崩壊すれば、農家は政治に怒るだろう。だから補助金で農業を保護しようとした。つまり自民党の利権を守るために、消費者が不当に高いコメを買わされてきた、ということだ。
本来、コメの値段を下げるなんて簡単である。関税を取っ払い、自由市場でコメを流通させるのだ。海外産のコメのレベルも上がっている。リーズナブルにおいしいお米を食べたい人は海外産を選び、それでも国産にこだわりたい人は日本米を食べればいい。実際、自動車はずっと昔に関税が撤廃されている。競争が製品やサービスの質を上げるのは資本主義社会の常識。
最近は既得権益批判を恐れてか、「食料安全保障」という理屈で、過剰に農業を守ろうとする動きがある。日本の食料自給率はカロリーベースで38%。この数字だけを聞くともっと国産の食料を増やさないといけないと思う。だが日本の自給率は、生産額ベースで見ると61%なのだ。こちらの方がスーパーでの感覚と近いと思う。自給率が低いと危機感をあおり、予算確保に活用されているのがカロリーベースという計算方法なのだ。この計算方法では、カロリーの低い野菜をいくら国内で作ったところで自給率は上がらない。日本の政治が、いかに一部の既得権益を守るために存在し続けているのかを象徴するトンデモ計算式である。
ちなみに即席で令和のコメ騒動を解消する方法がある。理屈としては、コメ価格の上昇を期待して在庫を放出しない業者を何とかすればいい。ある官僚のアイデアだが、政府は「価格が例年並みに下がるまで無制限でカリフォルニア米を輸入します」と発表する。値崩れを恐れた業者が在庫を放出すれば自然と値段は落ち着くはずだ。
実はこれ、悪名高いアベノマスクと同じ手法である。当時のマスク不足は業者がマスクを抱え過ぎていたことが主因。政府が全住民にマスクを配ると宣言したことで、焦った業者が在庫を放出し、マスクの流通量が増え始めた。今でもあのデザインは微妙だったと思うが、統制経済ではなく自由経済の原理で、マスク問題を解決しようとした手法は評価されていい。うそみたいな話だが、令和のコメ騒動にこそアベノマスクの精神が求められている。
古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。
「週刊新潮」2025年6月5日号 掲載
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