最近、何かに感動することが少なくなったと感じているなら、それは重要なスキルの不足を示唆しているかもしれません。ベストセラー漫画『ドラゴン桜』の編集者である佐渡島庸平氏は、そうした人には「観察力」が足りていないと指摘します。仕事や人生をより面白くするために、私たちはどのように観察力を鍛え、世界を深く捉えることができるのでしょうか。
観察力は、仕事の成功や人生そのものを豊かにするための最も応用がきく能力であると、佐渡島氏は考えています。それはまるでドミノ倒しの最初の一枚であり、これを鍛えることが全てに波及すると言います。彼自身も、人生を豊かにするために観察力を磨いているとのことです。
例えば、日本語には雨を表す言葉が400種類以上あると言われています。春雨、五月雨、梅雨、秋雨といった具体的な名称から、パラパラ、ショボショボ、ポツポツ、シトシト、ザーザーといった降り方を表す擬態語まで、そのバリエーションは豊かです。しかし、これら全ての言葉を全ての日本人が知っているわけではありません。雨が頻繁に降る地域の人や、雨そのものに興味を持つ人のほうが、より多くの言葉を知っている傾向があります。
同様のことは、雪についても言えます。雪が多い地域の人々は、雪に関する多様な言葉を持っています。北極圏に住むエスキモーに至っては、日本語には存在しないような、雪の様々な状態を表現する言葉を数多く使い分けていると言われています。
自然を深く味わうための「語彙力」
このような、自然現象に関する語彙を豊富に持っている人とそうでない人が、自然豊かな観光地などを訪れた際にどのような印象を持つかを想像してみてください。語彙が豊かな人ほど、目の前の自然に対して圧倒的に深い面白みや感動を感じることでしょう。一方で、あまり語彙を持たない人は、なぜ自分が目の前の自然に興味や面白みを持てないのか、その理由にさえ気づかないことが多いのです。
なぜこのような違いが生まれるのでしょうか?その理由の一つに、「バイアス」があります。例えば、「雨といったらザーザー降るもの」「雪といったら白くてサラサラなもの」といったように、自分の中で対象をこうだと決めつけてしまう、つまり低い解像度で世界を見て判断してしまう傾向です。これが、観察を妨げ、毎回同じ結論に達してしまう原因となります。
世界を見て面白くないと感じる時は、対象そのものに問題があるのではなく、自分自身の観察が止まってしまい、既存の知識や思い込み(バイアス)で判断を下してしまっているサインなのです。これは、ビジネスシーンや仕事においても全く同じです。
仕事におけるバイアスと観察力
佐渡島氏は自身の経験として、編集者として作家と打ち合わせをする際、以前は作家の心境を「売れっ子になりたい」「ヒット作を打ち出したい」という思いに限定して捉えていたと言います。これはまさに思い込み、つまり確証バイアスでした。
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しかし、観察力を高める努力を続ける中で、実はそのような心境の作家ばかりではないということに気づくようになりました。例えば、新人作家であれば、売れる・売れない以前に、「自分はこの先、本当に作家として生計を立てていけるのだろうか」という根源的な不安を抱えていることがあります。そのため、「どうやったらヒットするか」を考える余裕がまだない作家もいるという事実に気づかされたのです。
観察力を磨くことで、世界の見え方が変わるイメージ
さらに観察を深めることで、今では、売上や生計とはまた別の、より本質的な理由でクリエイティブな仕事に従事している人がいることも、実感をもって理解できるようになったと述べています。観察力を磨くことは、このように他者の内面や多様な動機を理解するための鍵ともなるのです。
観察力を通じて、クリエイターの内面を理解する様子
結論:観察力が開く豊かな世界
私たちが何かに感動したり、仕事や人生を面白いと感じたりするためには、まず観察力を高めることが不可欠です。既存の知識やバイアスにとらわれず、目の前の対象を高い解像度で見つめ、その多様性や複雑性を捉えること。雨や雪の表現の豊かさが自然への深い感動をもたらすように、語彙力、すなわち観察の解像度を上げることが、私たちの知覚する世界を豊かにし、仕事における他者理解や新たな発見にも繋がるのです。感動が薄れたと感じる時こそ、自分の観察力が鈍っていないか問い直し、意識的に磨き直す機会と言えるでしょう。
参考文献
- 佐渡島庸平『観察力を高める 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』