かつてドナルド・トランプ米政権で「特別政府職員」として政府の「ムダ削減」を主導し、先週その役職を離れた富豪のイーロン・マスク氏が、トランプ政権に対する強硬な批判者に転じている。この動きは、トランプ氏が推進する税制・歳出法案の行方に不確実性をもたらしている。
マスク氏は6月3日、自身が所有するソーシャルメディアプラットフォーム、X(旧ツイッター)に投稿し、トランプ政権の税制・歳出法案を激しく非難した。「もう我慢できない」「不快で忌まわしい」と表現し、「賛成票を投じた者は恥を知れ」「間違ったことをしたと自分で分かっているはずだ」と議員らを責めた。
この法案には、大規模な減税と防衛費の拡大が含まれており、先月下院で共和党の賛成多数により可決された後、現在上院で審議が進められている。
6月4日午後には、マスク氏はさらに態度を硬化させた。Xを通じて有権者に対し、この法案への反対意見を議員に伝えるよう呼びかけ、「アメリカを破産させることは許されない!」「法案をつぶせ」と強く訴えた。彼はまた、この法案が財政赤字を増大させ、将来世代に借金を背負わせることになると主張。法案を支持する共和党議員らに対し、来年の中間選挙で「米国民を裏切った政治家全員を落選させる」と警告した。
実業家イーロン・マスク氏
共和党議員らに広がる不安
マスク氏のこの発言は、共和党議員らの間に不安を広げている。下院では、法案に反対した共和党議員はわずか3人だった。もしマスク氏が大多数の共和党議員に対し批判の矛先を向け続ければ、中間選挙を控えた現職議員にとっては深刻な問題となりうる。マスク氏は昨年の大統領選挙で、共和党議員の支援に数億ドルを投じており、これは第2次トランプ政権後半でも下院の多数派を維持したい共和党にとって、無視できない打撃となる可能性がある。
政府と議員の慎重な対応
ホワイトハウスはこの状況に対し慎重な対応を見せている。米メディアによると、ホワイトハウスはマスク氏の批判について、電気自動車(EV)に対する税控除を含むグリーンエネルギー補助金の削減が法案に盛り込まれていることへの反応だと説明しようとしているという。
ホワイトハウスのキャロライン・レヴィット報道官は3日、法案に対するマスク氏の見解について、トランプ大統領は「すでに知っている」と述べ、「これは大きく、美しい法案であり、トランプ氏はそれにこだわっている」と付け加えた。
共和党の有力議員らも同様に、慎重な姿勢を示している。トランプ氏の忠実な支持者であるリンジー・グレアム上院議員は4日、BBCに対し、法案について「改善の余地はあるが、忌まわしいものではない」と語った。
一方、米ニュースサイト「アクシオス」は、マスク氏の盟友であるジャレッド・アイザックマン氏を航空宇宙局(NASA)トップに指名する計画をトランプ氏が取りやめたことも、今回の緊張の一因だと報じている。
共和党上院の苦しい事情
マスク氏の批判は、上院の予算強硬派である共和党議員らに力を与える可能性がある。彼らはすでに、この法案が連邦政府の赤字を今後10年で数兆ドル規模で急増させることに懸念を表明している。
マスク氏は、現在の法案に反対を表明しているランド・ポール上院議員(ケンタッキー州)とマイク・リー上院議員(ユタ州)のX投稿を拡散している。これには、「ランド・ポールとイーロン・マスク対ドナルド・トランプだ」という見出しの投稿も含まれていた。
こうした強硬派議員の意見が通り、人気のある社会制度に対する新たな歳出削減が加えられれば、リサ・マコウスキー上院議員(アラスカ州)やスーザン・コリンズ上院議員(メイン州)ら中道寄りの共和党議員らの反発が予想される。民主党議員全員が反対すると仮定した場合、上院で法案を通過させるためには、現在53人いる共和党議員のうち、賛成票に必要な過半数(50票+副大統領票)を確保するためには4人以上の反対票を許容できないという状況があるためだ。
マコウスキー上院議員はBBCの取材に対し、マスク氏の4日の発言が具体的にどのような影響を及ぼし得るかについては言及しなかったが、マスク氏は「インフルエンサー(ソーシャルメディアで影響力のある人物)であり、彼の言葉にはインパクトがある」と述べた。
結論
イーロン・マスク氏がトランプ政権の税制・歳出法案に対し、政権の役職を離れた直後にこれほどまでに強い批判を開始したことは、米国内の政治情勢に新たな波紋を広げている。この批判は共和党内部に不安をもたらし、特に上院での法案通過のプロセスをさらに複雑かつ困難にさせる可能性がある。マスク氏の影響力が中間選挙や将来的な共和党の議席維持にどう作用するのか、今後の動向が注目される。
出典:
- BBC News (オリジナル記事)
- Yahoo News Japan